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いつか思い切り笑えるその日まで。

どんなに笑い転げるほどおもしろいことがあっても、
どんなに売れてる芸人が出ているお笑い番組を観ても、
どんなに愛する人と幸福感にあふれる時間を過ごしても、

私はとても、嫌だった。

思い切り笑顔になれない自分が。

本当は、かわいいあの女性タレントみたいに、くっしゃくしゃになって思い切り笑いたかった。

でも、絶対に笑えなかった。

どうしても笑いを堪えきれない……というときは、仕方なく両手で口を塞いで、思い切り笑ってやり過ごした。

それくらい、嫌だった。

思い切り笑うことで、不揃いに生える大っ嫌いな自分の歯並びを人様にフルオープンさせてしまうことが。

心の底から、恐れていた。

「わ、コイツの歯並びきたねっ!」という目で、周囲の人から見られてしまうことを。


それは物心ついたときから、ひどかった。
たしか「私の歯並びって、マジ最悪……」と自覚したのは、小5くらいのときだ。

じつはそれまでに何度か矯正歯科のある、日本でも有数の大きな歯科医院に治療に行ったことがあった。両親のはからいで。
しかし、当時の我が家の財政状況では、トータルで200万前後かかる矯正費用を捻出することはとても困難で、残念ながら志半ばで矯正治療を諦めた。

とくに自分の歯並びで嫌いだったのは、会話中や普段微笑んだ時に覗く上の前歯だ。さらにその両隣の歯が、顎内に生やす隙間を失って、前歯の裏側に重なるようにして生えていた。誰がみてもガッタガタの歯並びだ。


「いちたすいちはぁーーー?」
「……にーー!!!」

集合写真を撮るときの、お決まりのアレ。
クラスのみんなが思いっきり口を広げて「にーー!!」と叫ぶ中、ひとり静かに「にぃ……」とほんの少しだけ口を開けてささやいていた。不揃いの前歯が見えないように。

小学校高学年女子ともなると、自分の容姿が周囲にどう見られているか、とても敏感に気にするようになる年頃だ。

楽しいとき、面白おかしいとき、みんなでいるとき、なにも気にせず思い切り笑える友達が輝いて見えた。
もっというと、思い切り笑った時に白い歯が整然と並んでいるだけで、何倍も美しく綺麗に見える友達の表情が、喉から手が出るほど羨ましかった。

「どうして私はこんなに歯並びが悪いの」

こんな歯並びになった原因を突き止めたくて、両親を問い詰めたことがある。

「あなたはね、小さいとき固いものを嫌がって食べようとしなかったのよ。柔らかいものばかり食べていたから、顎が発達しなかった。だから、歯がきれいに生える隙間がなくなっちゃったのよ」

それは、まったく納得のいく答えではなかった。

2歳や3歳のころ、私は好き好んで、意識的に柔らかいものばかり食べていたらしい。確かにそれはわかる。固いものを食べさせようとすると、泣き喚いたりして拒絶したのだろう。

しかし。

将来、女子として年頃になり、歯並びのことでこんなにも苦労すると2歳当時わかっていたら……私だって食べたくなくても我慢して固いものを食べたさ。トホホ。

いや、ていうかその前に両親……

無理くりにでも、将来の子どもの歯並びのために、食べさせろよ!!!
200万やぞ、200万……!

舌で不揃いに並んだ大っ嫌いな歯の裏を撫で回しながら、暗澹たる表情で両親見つめつつ彼らの過去の不手際を呪った。

しかし、今さら10年前の両親を呪っても、私の歯並びが整うわけはない。
そこで私は誓った。

「大人になったら、絶対に絶対に自分のお金で矯正をしてやる。そして、これでもかというくらい、女優顔負けのくっしゃくしゃの笑顔をタダでばら撒いてやる!!!」と。


ーーーそれから20年後。

2020年5月26日、夜。
テレビバラエティ「アメトーーク!」の大好きなシリーズ「運動神経悪い芸人」を観て、家族と思い切り笑い転げている私がいる。

そこに、青春時代ずっと感じていた、思い切り笑いたい、でも笑えない……となった瞬間に感じるあの嫌な「ウッ」はまったくない。

両手で口を覆う必要も、なくなった。

なんなら、デリバリーされたピザとチューハイを両手に抱え、天を仰いで可愛いくしゃくしゃの笑顔……どころか、人様に別の意味で見せられないほど笑いまくっている。

歯列矯正はそれなりにお金もかかるし、人によっては4年とか5年の歳月を費やす人もいるときく。それに、これは治療を受けた人たちが100人いたら100人同じことを言うが、とにかく歯を無理やり動かすわけで、痛くて痛くてたまらない(時が定期的にある)。もうそのときはご飯粒でさえ食べるのが困難で、ヨーグルトとか豆腐しか食べられない夜もあったりする。でも、いつか美しく並ぶであろう歯並びを夢見て、そんな激痛の治療だって、私たち不揃いーズは耐えれるのだ。

ちなみに私の場合、通い始めていくつかの種類の矯正治療を行なって、2年半で、あの針金のような装置をはずして、人前で堂々と歯を見せて笑えるようになった。
2年半、短いようで、とても長く感じた。

費用も最終的には200万以上かかったが、とても良い先生に巡り合え、歯並びだけでなく、顎の骨格?からしっかりと治療してもらい、おばあちゃんになっても歯並びが戻らないよう最善を尽くしてもらった。

心の底から思い切り笑えるって、こんなに気持ちいいんだ。

きれいな歯並びで笑顔になれることは、私にとってどんな高級ブランドのメイクや服、靴やバッグより、容姿に自信を持たせてくれ、心を満たしてくれた。

安心して歯を思い切り見せて笑顔になれることで、十代の頃の自分に言ってあげられる気がした。

「いつか思い切り笑える日が来るから、大丈夫だよ」と。

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