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真夜中の彼らとの営み

それは夜のコンビニで彼らを選ぶ時から始まっている。

疲労が溜まって心の底から癒しが欲しい時は、濃いブラウンカラーで豊潤な甘みを醸し出す、アイツ。

ソファでゆっくり夜ふけの読書を楽しみたい時は、開いた瞬間美しい桜色で私を迎え入れてくれ、まるで少女のような雰囲気のあの子。

なにかものすごく達成感にあふれて、自分を褒めてあげたい時は、純ジャパニーズ濃緑で堂々としたイデタチの、渋味のあるあのお方。


彼らはその日ごとの私の状況によって、それぞれの特徴を生かしていつも私の心を満たしてくれる。

「今日も一日がんばったね。おつかれさま」

私の顔を見上げながら、直径72mmのカラダを堂々と広げ、疲れ切った私を優しくハグするかのごとくそこで待っていてくれる。気分が良い時も悪い時も、私のすべてを受け入れ、肯定してくれる存在だ。

真冬に彼らとの時間を楽しむとき、彼らはまるで岩石のごとくカチコチに固まり、なかなか私のアプローチを受け入れてはくれない。しばらくヒーターの前で並んで暖をとり、ようやく互いの体温の上昇を感じながら柔らかくなったところで、すくい上げることができる。そして彼らを口に入れた瞬間のそれは、もう、この世のどんな種類の喜びとも代えがたい瞬間だ。

はあああぁぁぁぁ……しあわせ。

思わず溜め息が漏れる。

この、私にとっての何者にも代えがたい幸福感を感じる営み。

それは、真夜中にハーゲンダッツを味わう行為である。


たしか私がこのシロモノを知ったのは中学生のときだ。

それまでアイスクリームといえば、近所の駄菓子屋で買う100円のラクトアイスか、小学生のお小遣いでも気軽に買えるガリガリ君、親がスーパーのアイスコーナーでまとめ買いしてくれる6個で300円くらいのアイスパックしか知らなかった私である。ハーゲンダッツを生まれて初めて口にしたときは、それはたいそうな衝撃を受け、言葉を失った。

この世に、こんなにも美味しいアイスクリームが存在していたのか。

初めて食べたハーゲンダッツ110mlが残り8mlほどになってしまったときには、まるで初恋の男の子が遠い街へ転校してしまうことを聞かされた瞬間のごとく、切ない気持ちになった。その日から20年以上経つが、彼らは私のハートを虜にして、いまも離さずにいる。

しかし、1個300円もするアイスクリームは、中学生時代の私にとってはまちがいなく高級品だった。

スーパーやコンビニで彼らが目に入っても、おいそれと手にとってレジに持っていくことなどできない逸品である。ゆえに、本当にごくたまに、自分へのご褒美的にそれを選んでレジに持っていくときはとても勇気がいった。何かそれは、大人の世界に片足を踏み入れるような、禁断の洞窟にこっそりと忍び込むような、ドキドキ感にあふれる瞬間だった。

人生を思い返せば、私のそばにはいつだって彼らがいた。

学生時代それなりにハードな体育会系部活に属していた私は、夏休みが苦痛でしかたなかった。なぜなら、夏休みという名の練習地獄だったからである。しかし、彼らがいてくれたからこそ、苦しかった夏合宿も、遠征三昧で熱中症とお友達な日々も、乗り越えることができた。

社会人になり、中高時代と比べて小金持ちになった私は、彼らを躊躇なく手に入れることができるようになった。土日関係ないシフト勤務をしていた私にとって、週に2日の平日休みの前日、だいたい遅番で23時過ぎに帰宅するのだが、その時間に過ごす彼らとの時間といったらたまらなかった。疲れたカラダに染み込む彼らの甘さ、優しさは、人生で初めて社会に出て働く私のささくれ立った心を癒してくれるには十分な存在だった。

もう恋愛なんてコリゴリだ!!!大失恋して「男なんて信じられない」とこの世の終わりかというくらい孤独に明け暮れ枕を濡らした夜。そんな時も、彼らだけはなにも言わずただただそばに居て私を励ましてくれた。私を裏切る男はいても、彼らだけは何があっても私を裏切らない。どんなときも私の味方でいてくれるのだ。コンビニで300円さえ払えば、私を満たしてくれる、最愛の存在。その安心感、コスパたるや。もう全てをあなたに捧げて生きていきたい。

彼らとの出会いがあったおかげで、このコロナ禍さえも生き抜くことができている。感謝してもしきれない。ちなみに日本のハーゲンダッツ工場は高崎にあるらしい。騒ぎが収束した暁には、ぜひとも表敬訪問させてもらいたい。そしてもはや私は、高崎方面に足を向けて寝ることを許されないであろう。

現在この文章を半日かかって書き上げて、23時近くだ。今宵も私と彼らの営みが始まる。今日は純白のドレスより真っ白で、王道の味わいで全世代の誰からも好かれている最愛のあの人が、この疲れた身体を迎えてくれる予定だ。


はあああぁぁぁ……しあわせ。

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