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どうしてもひのとりに乗せてあげたい父


三重出身の父の実家に訪問する際、東へ向かう赤い電車に揺られ、向かう。


私と2つ下の弟と"ひのとり乗って帰りたい!"と口を揃えて言った
ひのとりというのは名古屋⇆大阪間をつなぐ、快適性を追求したくつろぎの空間を提供しているいわゆる、乗れたらラッキーな、普通の特急より豪華な列車だ。

1時間おきくらいに電車が出てるのだが、なかなか帰るのにいい時間帯の電車がなく、私たち姉弟は諦めていた。

子供じゃないし、もう無理やったらええわ〜

でも父は諦めていなかった。

いまからいけば間に合う。駅まで送るわ、乗り!
そういい、車に飛び乗った。
安全運転といいながら、斜め後ろからみる運転席に座る父の背中には焦りが見られた。

無口でなんでも肯定してくれて、優しくて、でも意外と完璧主義で自分にも他人にも時間にシビアな一面もある父にとって、私たちの小さな願いを叶えるのは、必須だった。自分に課した目標だった。そのため一生懸命だった。自己超越とは父の背中から学ぶものなのかもしれない。

着いた。間に合うで!
そういい切符売り場へと走った。普段走らない父なのに。まだ電車が発車するまで15分もあるのに。

切符を買う機械で、出発時刻、出発駅と到着駅などを選んでいく。
"お金を入れてください"
機械がそういうので、父は一万円を入れた、なかなか入らなかった。父が焦れば焦るほど、お金は入らない。薄く広がった口を固く閉ざし、何度も返された。

あー、この確認ボタン押さないと入らんで
子供にそう言われ、大人しくそのボタンを押す。
今度は買えそうだ
そう思った途端、"販売時刻を過ぎました、買えません"と表示された。

あともう少しで買えそうやったのにー!
無口な父は口ではそんなこと言わないが、背中はそう言っていた。

その駅からは、特急電車に乗る駅まで少し先の駅に行かなくてはいけなくて、30分前になると買えなくなるそうだ。

父が焦れば焦るほどある程度育っている子供は、冷静になっていくものだ。

ええで、たぶん、その駅着いて、特急電車乗る前に買えるから。と言って別れた。
頑張ってくれてありがとうは恥ずかしくていえなかった。

父は車で三重の家に帰っていった。
私たちは、いま住んでいる家に帰る。

ちょっとした思い出だけど、何年後かに思い出すとかけがえのない思い出になっているんだろうな。

今日もひのとりはそんな思いをのせて走ってる。


写真
三重県津市名物 蜂蜜まん

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