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フルーツサンドはすこやかな現実逃避(中目黒・ダイワ)

傘を持つ手が冷えて、スニーカーがぐっしょりと染みてしまう、うんざりするような雨の日だから。

私たち夫婦は、あるものを買いに目黒川をいそいそと行く。
いつもは行列のダイワが、雨の日は空いているのだ。

ダイワは3畳かそこらの小さな店だけど、フルーツがとにかくでかい。雨の日、お店に入るまえから、ここのフルーツサンドはキラキラと輝いているのが目に入る。

赤ん坊の拳なんかよりも大きいみかんや、広辞苑みたいな厚さのパイナップルが、堂々と生クリームと白パンに挟まれて整列している。

ふつうのコンビニで売っているフルーツサンドが、フルーツ4:サンド6くらいの存在感なら、ダイワはフルーツ8:サンド2くらい。

このお店はもともと愛知の八百屋さんだそうで、軒先に並ぶフルーツも容赦なく一級。こどものころ、おままごとで作っていたつもりだったのは、こんなフルーツサンドだったかもしれない。

パイナップル、いちご、みかん、マンゴー、さつまいも、シャインマスカット、バナナ…
あんことお餅が一緒に挟まった「いちご大福味」もあったり。

私のお気に入りはみかんだ。

唇を寄せると、パンの柔らかさに気づく。仔犬のお腹のようなふくふくとした柔らかさ。そこに意を決して歯を立てると、甘過ぎずなめらかな生クリームがはみ出す。

そのまま大きく口をあけて、もう一口。みかんの果汁が弾けながらあふれてくる。白い味覚に、オレンジ色が溶け出す。

フルーツにかぶりつく一口目は、どうしてこんなにも官能的なんだろう。すごく牧歌的な食べ物なのに、生き物をそのまま食べているような気持ちになる。私はなぜか目をあけてフルーツサンドが食べられない。

昔は、フルーツサンドが好きじゃなかった。フルーツだけ食べたほうが、そのままの味を楽しめるし、甘いものと組み合わせたいならパフェやケーキを食べればいいんじゃない?と思っていた。

だんだん美味しいケーキも箱にはいったフルーツも食べる機会が増えてきて、パンと生クリームがあってこそのフルーツサンドの良さにたどりついてきた。

ふだん忘れがちだけど、本物のフルーツは房とか皮とか、まじまじと観察するとリアルなものがたくさんついてる。まだ食べ物じゃなくて“植物”の姿をしている。

それがフルーツサンドになることで、生クリームやパンがいい感じにリアルな姿を隠してくれて、なんだか実在しない食べ物みたいなかわいらしさをまとう。

フルーツを、そのまま食べるよりもなんか上等、ケーキよりもどことなく素朴。それがフルーツサンド。

コロナだし出かけられないし鬱々としてるけど、ダイワのフルーツサンドを頬張る今は、おいしいことしか考えられない。それは食べ終わるまでの短い魔法。

ダイワのフルーツサンドは、私のすこやかな現実逃なんです。


食べログURL:https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13246178/





人の金で食う焼き肉の味ってものを知りたいので何卒施しのほどよろしくお願いします!