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感染性心内膜炎になりました。


4月中旬。朝イチのオンラインミーティング途中で寒気がし始めた。その日は少し暑く感じて薄着で出社したため「もう1枚、羽織るものがあればよかった」と後悔しながら、寒さを我慢してミーティングを続ける。しかし途中から震えが止まらなくなった。これは寒いのではなく、悪寒だ。焦りながら、長引くミーティングをなんとか終えた。

何か食べれば体が温まると思いお弁当に手をつけたが、まったく食欲が湧かない。「早退して医者行く……」と午後のミーティングをキャンセルして、帰路についた。これがまさかの2ヶ月に及ぶ入院になるとは。


駅で動けなくなり救急搬送される

奥さんにはLINEで「医者に寄って帰る」とメッセージを送り地下鉄の駅に向かった。一駅先で乗り換えなければならないのだが、気がつくと何駅も乗り過ごしていた。逆方向に乗り換えるために階段を上がったところで、悪寒と同時にさっき食べた弁当を吐きそうきそうになる。

とりあえず駅で休ませてもらおう駅員さんに休憩室はどこか尋ねたが、新型コロナ感染防止対策で休憩室の立ち入りを禁止しているらしい。
「申し訳ありません。このイスを使って休んでください」
と折りたたみイスを手渡された。
「もどしそうなのでビニール袋もらえませんか」
その直後、嘔吐してしまった。駅員さんが心配そうに
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか」
と覗き込んだ。

どう考えてもこのまま帰るのは無理のようだ。
「すいません、救急車呼んでください」
ほどなく救急隊が到着し、近くの救急外来に搬送された。

旦那が行方不明

嘔吐して熱も40度あることから医師は、ウイルス性胃腸炎かなにか消化器系の疾患を疑ってたようだ。肺炎も起こしているものの原因がつかめず。応急処置として点滴を受けた。
「いったん帰宅してクリニック受診してくださいね」

容体も落ち着いたのでLINE見てみると、なにやら帰宅途中の自分が行方不明になっているようだ。病院で検査を受けている頃、待てど暮らせど帰ってこない旦那が心配になって奥さんが会社に電話をしたが、ずいぶん前に帰宅したという。会社は会社で(途中で倒れてないか?)と心配になったようで、「どこかで倒れていない?」とメッセージが来ていた。こちらは熱が40度あってLINEを見るどころではない。

会社には「救急搬送されて病院、原因不明。奥さんに迎えにきてもらう」と返しておいた。幸いPCR検査は陰性だったので、タクシーで都内から横浜まで帰宅した。これがもし陽性だったら。公共の交通機関は使えないので介護タクシーを使わなければならない。都内から横浜まで約10万円かかるらしい。コロナ陰性でよかった、ホっ。

再びの救急搬送

「このまえの日曜に知らない人に会ったでしょう? そのときコロナに感染してないかなぁ? 検査で陰性でも、実は陽性だったってこともあるしさ……」あくまでもコロナ感染を疑う奥さんだ。 しかし40度の熱は事実なので、さしたる原因が見当たらないとなるとコロナが疑わしい。 2〜3日はゆっくり休めば回復すると思っていたが、時間が経つにつれ病状は悪化するような気がしてきた。

「 救急車呼ぶ?」
これ以上、家に居てもしかたがないので、救急車で再び病院へ。 まずは鼻に綿棒を突っ込まれPCR検査。とにかく 鼻に何かを突っ込まれるのが死ぬほど嫌なのだけど、しかたがない。2回目のPCR検査の結果も陰性だった。

血液検査やらをした後、医師の診断では血液に細菌が入り体のあちこちで炎症を起こしているのが、高熱の原因らしい。 病名は菌血症(きんけつって嫌な名前だ)
「血液を培養して原因の細菌を特定して治療を始めます。たぶん1ヶ月か1ヶ月半、入院して抗生剤の点滴治療ですね」
長くても1週間で回復と思っていたところが、1ヶ月以上の入院生活とは。

犯人は黄色ブドウ球菌

どうやら肺炎、腎臓の機能低下に加えて心臓の膜が炎症を起こしているようだ。点滴とともに鼻には酸素吸入チューブをつけられ病室のベッドへ。相部屋の空きがなくとりあえず個室に入った。個室なのでベットから数歩でトイレなのだが、転倒の危険があるのでトイレに行くときは、必ずナースコールで看護師さんを呼んで行くよう指示された。

翌々日には原因菌が黄色ブドウ球菌で、心膜(心臓の膜)に炎症を起こしていることが判明、診断は「感染性心内膜炎」。血管を通じて体中に細菌がばらまかれているので、脳に行けば脳梗塞が起きる。さまざまな症状があるので、発症初期には診断が難しい病気らしい。そのため心筋梗塞や脳梗塞を起こしてから病院に運ばれるケースが多く、発症初期に治療を始められるのはラッキーだった。

この後、全身MRI、頭部MRI、造影剤を使ったCT、心エコー、そして毎日のように採血の検査が続く。
「この病気は心臓の弁に病巣を作って弁を破壊することが多くて、場合によっては開胸手術をしないといけないこともあります」
点滴治療だけで1ヶ月から1ヶ月半。加えて心臓の手術までとなれば……これは弱ったなぁ。会社には長期の入院になることを伝えた。

謎の感染経路

感染性心内膜炎は一般的に、歯の治療中の出血や歯周病がもとで、口の中の粘膜にいる細菌が入ることが知られている。健康な人であれば免疫が働いて問題は起きないのだだが、心臓に基礎疾患があったり、免疫力が低下しているときは発症するらしい。しかし歯の治療はしていないし、少し前に受診した人間ドックでは心臓に関しての指摘は何もなかった。

念のため同じ病院内にある口腔外科で口の中を診てもらったが、発症につながる傷は見当たらず。強いて言えば発症の前日に鼻血を出したのだが、医師の見解では「それは考えづらい」とのこと。

感染性心内膜炎の罹患率はおよそ年間100万人に10~50人程度(KOMPAS(Keio Hospital Information & Patient Assistance Service)より)。そのうち健康な人がかかる確率はどれくらいなのだろう。宝くじは当たらないのに、なんで病気には当たってしまうのか……。

感染性心内膜炎では黄色ブドウ球菌が原因となることが多く、抗生剤の効果も期待できる。点滴治療を始めて38℃を超える高熱は1週間は続いたか。徐々に熱は下がり38℃を超えなくなったのは2週間を過ぎた頃だった。

医師によるとこれくらいの時期から、何かしら症状が出てくるという。これまで順調に回復に向かっていたのだが、回診時に聴診器で心音を聞きながら
「雑音が入るようになりましたね。心臓の弁が壊れて逆流しているかもしれません。心臓の手術では実績のある病院が近くにあるので、転院して治療を続けながら精密な検査をして、必要であれば手術をおすすめします。いいですか?」

心臓の破れた弁を修復するには、自分の組織を使って破れたところを縫う形成術。それができないときは人工弁にする置換術を行う。冠動脈に血栓を作ることもあるので、冠動脈のバイパス手術も必要になるかもしれないということだった。手術をしてから退院まで2週間。すぐに職場復帰までは難しいため1ヶ月の休職となるのが平均らしい。少なくとも1ヶ月半から2ヶ月の入院が確定。

心臓の検査は凶暴である

転院先は川崎にある川﨑幸病院で、年間の心臓外科手術数では国内で1,2を争う実績がある。心臓弁の形成術を得意とする医師もいるので安心ということ。少なくとも心臓外科手術に関しては、年間の手術数で病院の善し悪しが決まるらしい。

受け入れはすぐに決まり転院することになり、引き続き抗生剤の点滴治療を続けながら検査を受けることになった。再度、MRI、レントゲン、心電図に加え、経食道心エコーと冠動脈の造影剤CT検査で、心臓の状態をより精密に検査する。

経食道心エコー検査は、胃カメラのようにエコーのプローブを食道から入れて、体内から心臓を見るエコー検査だ。胃の内視鏡より太いチューブを入れられるのだが、鎮静剤を使うので大丈夫と聞かされていた。

毎年、胃カメラを定期的に受けていて、鎮静剤で意識がなくなってから検査を行うので苦痛はない。経食道心エコーも鎮静剤を使うというので安心してたのだが……とんでもなかった。

胃の内視鏡検査のときノドの麻酔だけでも、まったく気にならない人もいれば、激しく「おえぇぇ〜」と嗚咽の反射が起きる人がいる。自分は後者だ。人生初めての胃の内視鏡検査のときは、ノドの麻酔だけだったため病院のフロア中に響き渡る嗚咽で、医師も驚いたほどである。そんな苦い経験から鎮静剤で眠らせて検査をしてくれるクリニックに変えてからは、毎年、1回の定期検査ができている。

検査の前に反射がひどいことは伝えてあったが、経食道心エコー検査の場合は、内側の様子が視覚的にわかる胃カメラと異なり、エコー画像では様子がわからないため、患者が意識を無くしてしまうと危険なのだそうだ。だからある程度、意識がはっきりした状態でなくてはいけない。

ともかく検査をしないと先に進めないので、観念してベットに横たわった。点滴で鎮静剤を入れているものの、プローブのついた管が食道に入っていくととたんに「おえぇぇ〜おえぇぇ〜」反射が始まった。さすがにマズいと思われたのか鎮静剤の量が追加された。それでもやっぱり苦しいぞ。

しかしさらに強烈なのは冠動脈の造影剤検査である。検査前日に医師が手首の動脈を見て「ここからいきましょう」とペンで印をつけていった。このときは何のことか想像もできなかったが、ここからカテーテル(細いチューブ)を心臓の冠動脈まで通して、造影剤を注入して冠動脈に血栓ができていないかを検査する。

完全に意識のない状態であれば何をされても平気なのだが、意識がなくなると危険なので局部麻酔だけ。痛いうえにチューブが血管を通っていく感触は、トラウマになりそうだ。

幸い冠動脈には異常は認められず、経食道心エコーで心臓の僧帽弁で逆流が起きていることが確認できた。
「緊急性はないものの、いずれ手術をしなければ合併症の問題が起きてくるので、あとはいつやるかです」

エコー画像を見せてもらったが、僧帽弁の2カ所から噴火のように吹き上がっていく様子がよくわかる。まずは破れたところ縫い合わせてから弁の回りを絞めるように人工の輪(人工弁輪)をつけて、逆流が起きないようにする形成術を行う。

ただし実際に開胸してみないと修復ができるかどうか微妙なところなので、だめであれば人工弁置換になるということ。ともかく問題を先送りしてもいいことはないので早急に手術をしよう。しかし1ヶ月、家に戻っていないので一時帰宅をしてから手術をしたいと伝えた。

手術のための再入院

希望どおり一週間の一時帰宅が許されたものの、新型コロナに感染したのでは手術ができないので、必要のない外出はもちろん家族と同じテーブルで食事をすることも禁止。毎日の検温と行動記録を提出しなければ、手術ができない場合がある。1週間のひきこもり生活のあと、手術3日前に再入院した。

手術前日に看護師さんから「髭を剃ってください」と言われていたので、そうか、手術にあたっては身支度を調えて望まねばいかんのだなと思い無精髭を剃って髭を整えていたところ、実はそういう意図ではなかった。

手術中、気管にチューブを入れて気道を確保するので、チューブを固定するのに髭が生えているとうまく固定できないので「全部剃ってね」ということでした。スイマセン。

もう身を委ねるしかない


手術の予定は9時。1時間程度で準備を行い執刀開始、手術修了の予定は14時頃。もし途中から人工弁置換術になった場合は17時くらいに修了予定という。術後は心臓手術後のための集中治療室(CCU)に入り回復まで過ごすことになる。

手術室入り口で待っていた看護師さんは「緊張してますか?」と尋ねられたが、もうなんとでもしてくれ!と腹をくくっているのでまったく緊張はなし。麻酔科医の医師から問診があった。手術経験がない人には馴染みがないかも知れないが、安全な手術のためには麻酔科医が重要な存在である。ドラマ「ドクターX」で麻酔科医がフュチャーされたくらいで、医療ドラマではあまり見た記憶がない

手術は医師、看護師、麻酔科医、人工心肺装置などを扱う臨床工学士、あわせて7−8人のチームで行うということ。特に安全な手術には麻酔科医が欠かせないし、さらにチームワークも重要に思う。手術台に上がり麻酔科医から「眠くなりますよー」と言われるとすぐに意識がなくなった。

集中治療室で激痛に耐える

いったんCCUに入った後、別フロアにある集中治療室で2日間を過ごすことになった。ぼんやり意識が戻ってくると、左右の腕、首に点滴、お腹に何本か血液を排出するドレインチューブがつけられていた。尿道にはおしっこを出すチューブが入り、心電図のセンサー、血中酸素濃度を測定するオキシパルスメーターのセンサーが指につけられているので体中チューブだらけだ。肺に空気を送るチューブが入っているのでしゃべることができない。この部屋で24時間、看護師さんに見守られながら、回復を待つ。

手術は胸骨を切開して行うので、点滴で鎮痛剤を入れているものの痛さが半端でない。たいていは視界のなかに看護師さんがいるのだが、たまたま見当たらず、「痛みをなんとかして欲しい」と看護師さんを呼ぼうにもナースコールが手元になく(後から左腕の直ぐ脇にあったことに気がついた)。

挿管のため声を出すことができず、なんとか左手首が少し動いたのので精一杯パタパタ動かしているうちに担当の看護師さんが気がついてくれた。「どうしました?」声を出せないので指でベッドに「苦しい、痛い」と書くが伝わらない。

紙とペンを持ってきてもらい固定されている右手を緩めてもらって筆談。(よかった、伝わった)苦しいのは痰がひかっかってたようで、吸引器で吸い取ってもらった。鎮痛剤はもう1種類、追加された。

吸引器を奥まで入れられたため咳き込んでしまったのだが、これがまた激痛! 開胸手術直後は咳やくしゃみのとき、胸の前で抱え込むような姿勢をとって衝撃を和らげると教えてもらっていたが、体制を取ることもできず咳き込んでしまった。

「ぎゃーいてー!!!!!!!(と声をだせないので心の叫び)」

しばらくして自立呼吸ができるようになり、挿管のチューブを抜いてもらい、ようやくしゃべることができるようになった。数日後、一般病棟に移動してからお腹のドレインチューブも抜くことになるのだが、痛いというか何か別の生物がにょろにょろ出てくるようで感触がたまらなく気持ち悪い。

「息を吐いてください。抜きますからねー、はーい」
息を吐くと筋肉が緩むらしく、その瞬間を狙ってチューブを抜くのだが、やっぱり痛いわ……。

肺の膨らみが弱いですねー

自律呼吸ができているものの肺がうまく膨らまなかったようで、頻繁に膨らみ方をチェックされた。同じ体制が続くと床づれの原因になるので、ときどき看護師さんに手伝ってもらいながら寝返りをうつ。何をやるにもしても看護師さんなしではできない状態だった。

しかし、それでも術後の回復と早めるため、手術の翌日にはリハビリが始まる。まずは立ち上がる練習から。咳やくしゃみの衝撃に耐える姿勢、つまり胸を抱えるようにして横を向き、それからお尻を支点にして起き上がる。健康なときのようにさっと起き上がるこことができないので、こうして痛みが和らげながら起き上がる。

(つづく)


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