ジムニー試乗記

散々「新型ジムニーはいいでしょ」なんて人に宣っておきながら、実は試乗した事がない。
こんな広報資料丸写し提灯記事専門自動車ライターのような状況に我慢出来ず、ホンの少しだけでも乗って実車確認をせねば、と土曜日の昼下がり、一人で昼飯食いながら考えた。
1時間くらいなら時間取れるか、と買物ついでに近所のスズキアリーナへ向かう。

資産価値ゼロのポンコツ欧州車で来店というスズキのセールスマン的に一番面倒な客オーラを出しつつ到着してみると、店頭に軽のジムニーが。そして試乗車のデカールが。よし、念願のジムニーに乗れる。
ただし、時間はない。ディーラーに滞在できる時間は30分程だ。

グレードは最上級のXC 変速機AT
グレードは3種類あるようだが、基本的な機構は同一の模様。ロードスターのようにスタビライザーの有無や高級なショックアブソーバーに変わるわけではない。

最初に白状しておく。
実は自分はそもそもジムニーに興味が無かった。
十代から三十代にかけて、やれ「RB26」だの「EJ20」だの「ロータリー」「タイプR」「280馬力」「車庫調」「ポテンザ」なんて言葉に目を輝かせていたボンクラである。そのアンチテーゼはあくまで「フロイデ・アム・ファーレン」だの「猫足」だの「ハイドロニューマチック」だ。典型的なクルマ厨二病に罹患していた。

当然クロカン四駆なんて物には一切見向きもしなかった。

更には「デートで軽自動車なんて恥ずかしくて乗ってられるか」などと心の何処かで呟いていたような輩である。
「スズキ?ああ、スイフトスポーツ以外なんかあったっけ?」ってな具合だ。

そんな私がジムニーに興味を持ったと言うことは、齢40を過ぎて少しは厨二病が回復に向かっているという事なのだろうか。

ではジムニーの運転環境確認を。
ステアリングは今時の小型車と同じ小径だが、真円でオフセット無し、革巻のマトモなものだ。
調整について、チルトはあるが、テレスコは無し。
シートは高さ調整、座面角度調整は無し。つまり前後スライドとリクライニング角度だけ。
座って調整してみると、すぐドライビングポジションが決まる。軽トラ軽ワンボックスの「シート調整できないけど、しっくり来る」感じに近いか。

シートバック角度はかなり立てた状態が設計イニシャルの模様。床からシートまでの高さも高いため、正しく椅子に座る姿勢となる。
レンジローバーで有名な、いわゆるコマンドポジションが設計者の意図であろう。
座面が高く、上体を立てて座る事で、高所から状況把握が可能。また、オフロードでの車体揺れに対して対応しやすくなる。

シートは軽自動車らしくなく、立派なもの。
背中から腰にかけて、浮く事なくきちんとしている。サイドサポートの張り出しも少ないが、身体が安定しないという事も無い。なかなかいい。
ただ、中身は高発泡ウレタンのみの模様。長時間座ってどうかは今回の試乗では不明。

ペダルオフセット(アクセル、ブレーキの左偏移)は皆無。ステアリング位置はシートの中心線の延長にある、つまり右ハンドル日本車に多いシートごとオフセットするような事もない(正確に言うと、ペダルが左にズレたのに合わせてステアリングも左にズラす。結果、シートだけが取り残されて右にズレてるようになる)。
ステアリング、ペダル、シートの位置関係は100点満点級である。このサイズの右ハンドル車としては世界的かにも非常に珍しい。

参考までにペダルオフセットとは。
右ハンドル車は足元の右にタイヤハウスがある為、そこにはアクセルペダルを置けない。なのでペダル左にズラすのだ。
すると、本来右脚を伸ばした先はアクセルペダルとブレーキペダルの間に足が位置しなければならないところ、そこにはアクセルペダルが鎮座することになる。ブレーキペダルを踏むには足首を左にひねる必要がある。
とっさの時に無意識でペダルを踏もうとすると、どっちを踏むか。こんなのは小学生でもわかる理屈だが、残念ながら右ハンドルで理想的なペダル配置のクルマはさほど多くない。
この件をキチンと説明せずに「高齢者のペダル踏み間違いによる事故が多い」などと抜かすメディアは一体なんなんだろうと思う。
更には「ブレーキは左足で踏めばいい」という寝言を言うヒョーロンカがいるが、そんなのは自分の趣味の世界で勝手にやれ、って話だ。
左ハンドル車の場合はタイヤハウスは左に位置する。そこにペダルは無い。だから問題にならないのだ。だからこそ欧州車が右ハンドルを作ると特にダメな奴が多いのだ。
自慢ではないが、今乗ってるポンコツ自家用車は欧州車として珍しく100%完全にペダル配置されている右ハンドル車だ。だから私はココがキチンとしてないクルマは気になるのだ。

さて、ジムニーに戻る。前方に目をやると、ボンネットの先端がきっちり目視可能。左右根元から先端の角も見える。素晴らしすぎる。
先端が見える事で狭い所の取り回しが非常に良い事(ぶつけない)もあるが、そもそもボンネットが根元から先端まで見える事から、車両感覚が掴みやすい。
ボンネット左右根元から先端の延長上のラインが、車両が通過する幅になる。だから、進行方向を見た時、どこを自車が進入して通るのかが直感的にわかるのである。
当然ながら、ドア内張の窓枠下、ショルダーの部分も直線で前方に繋がる造形となっており、車体の大きさが把握しやすい設計である。

気になるのは全く同じボディのまま、前後トレッドを拡大してタイヤを外に出しているシエラだ。シエラはタイヤ半分程外に出ているはずで、轍をキレイにトレースする為四輪の位置を常に把握しなければならないヘビーオフロード車両として問題とならないかが心配である。
最も、そこまで気にするのは荒れたクロカンコースにて轍をcm単位で避けなければならないガチのオフローダーか、峠で内輪を引っ掛けて超高速コーナリングをやる豆腐屋くらいなものか。

ジムニーはその車体の小ささから、リアシートと荷室は明確にトレードオフの関係にある。リアシートを使えば荷室は明確に無いものになる。通常はリアシートは倒して荷室として使うのが想定だろう。
とは言え、リアシートは意外に快適である。むしろ荷室を明確に諦めてる為、きちんと大人が2人座れるスペースを確保している。座面の高さは少し足りないが、高く上体を起こして座る形で、視界も良好。元々軽自動車の縛りでリアシートは2人乗りとなる為、着座位置は内側に寄せている。そのおかげでボディやガラス面から遠く、窮屈な感じは全くしない。
数多ある不出来なセダンのリアシートよりよほど良い様に思う。

残念なのは荷室として使う場合、運転席との間に仕切りがないこと。リアシートを倒して荷室として使うならば、カーゴネットのような仕切りは安全性の点で必須でなはいかと思う。恐らくオプションでアクセサリーがあると思うので、装着を勧める。

スペアタイヤをリア背面に背負う形のSUVでは、後方視界が気になるが、ジムニーはほとんど気にならない事を付け加えておく。

さて運転してみよう。
エンジンをかけるとモーター音がして、コラムアシスト型の電動パワステである事を再確認させられる。軽自動車で広く使われている形だが、更にジムニーはステアリング周りに旧来のボール循環式を使用している為、高級な車で使われるラックアシスト型の電動パワステは採用できない。
個人的には操舵系に他車流用ラックアンドピニオンが使われるのはジムニーとして本末転倒な為、これでいいと思う。

ボール循環型ということから、ステアリングはスロー(ハンドルをグルグル回さないとタイヤが曲がらない)かと思いきや、そんな事はない。正確なステアリングギヤ比は未確認だが、一般的なクルマとそこまでの差はなく、特に意識せずにハンドルを切れる。
電動アシストは強めでステアリング操作は軽い。ボール循環式かつキャスターアクションがさほど取れないリジットアクスルの為か、ステアリングを中央に戻すセンタリングはモーターによりアシストされてる様に感じた。(キャスターアクションはタイヤの転舵軸に角度を付けることで路面との設置面変化により反力を作り、自律的にタイヤが真っ直ぐに向かせる事である。リジットアクスルはサスペンションのストロークによりこの角度が変わってしまう事から他のサスペンション形式のように有効に使うことが難しい)

試乗時ほとんど交差点でしかハンドルを切っていない為、高速でどうかは未確認。また、多くの電動パワステ車で発生しているステアリングフィールが無い、という状況も未確認とさせていただく。(無責任なインプレで申し訳ない)

エンジンは先代のK6AからR06A型へ。
R06A型はスズキの軽自動車全般で使われているエンジンである。
先代搭載のK6A型はショートストロークで高回転を好む性格というステレオタイプな評価がメディア上は多いが、本来は1.0L拡大まで想定した為に連桿比が大きく(3.77)スムーズな名エンジンであった。
今回のR06A型の連桿比は手元にデータがないのだが、軽量コンパクトかつロングストローク設計である為、連桿比は決して大きくないだろう。その分ピストンの軽量化とコーティング、バルブ駆動周りのフリクション低減によりスムーズな回転を目指してるようだ。

走り出しは軽い。ターボエンジン搭載の軽自動車でかつ重めの車体から想像するに、結構頑張ってエンジンを回さないとダメかと思ったが、そんな事はない。

試乗車は4段AT。アイシン製でギヤ比も先代と同様。発進時にトルクコンバータはそこそこ滑らせているようだ。
敢えて滑らすことでターボが効かない領域でのトルクコンバータのトルク増幅効果と、オフロード走行極低速時の車速コントロール性を上げる意図かと思う。ATはいいが、MTがどうかは気になる。
結果として市街地で渋滞や低速走行も楽であるし、踏み込むとさほどターボラグを感じずに走れ、快適である。
アクセルペダルのストロークはさほど大きく無いが、意外なほど操作しやすい。敢えて言えば鈍感な感じである。電子制御スロットルとなった事もあり、スロットル開度はチューニングしやすくなったのだろう。

加えてエンジンマウントもしっかりしているように感じた。縦置きエンジンという事もあるが、加減速でエンジンがバタバタ動く感じはしない。当然エアコン全開だが、停止中の不快な振動も無い。
変速時のショックは気にならない。強いて言えば減速停止時1速に入る時少しだけ感じた。恐らく1速は低めのギヤ比なのだろう。
元々4段ATで市街地は2速と3速しか使ってないようで、大して変速してないのがいい。
変速制御によほどの自信がない限り、ドライバビリティの上で段数は少ない方がいいのだ。世の中は真逆の方向に行き、かつ制御がダメなクルマが多い気がする。
ただし、代償として高速でのエンジン回転数は高めとなる。時速100キロで4000回転を超えるあたりではないかと思われる。軽自動車は高速道路でも80km/h規制で、130km/hでリミッターが働く為それ以上出ない。だから私はソレが問題とは感じない。どうしても気になるなら少し回転数が低いシエラを買えという事だろう。

静粛性は抜群に向上している。
旧来ジムニーはエンジン音もさる事ながら、車体センターを通るトランスミッションやプロペラシャフト周りの振動や唸り音が賑やかなイメージで、そこは「ジムニーだから」の一言で許されていた。
新型はちょっと市街地を走行しただけでは、全くもって普通の乗用車と変わらない静粛性である。
少し加速したい時に踏み込むとエンジンは3000~4000回転に達するが、気になる音や振動は無い。タコメーターが無ければ気がつかないかもしれない。

サスペンションは多くのメディアで語られてるように、前後共にリジットアクスル式(車軸式)である。最近の乗用車では独立式(半独立式トーションビームを含む)である為、非常に珍しい。
思えばスズキは先代プラットフォームを使用する旧世代のアルトやワゴンRなどはリアサスに3リンクリジットを長年採用していた。(現行アルト他の新プラットフォームはリアサスが欧州FF車風のトーションビーム式となっている)

リジットアクスル式は乗り心地を気にする向きが多いが、トレーリングリンクで支えられ、かつ車高が高く迎角が付くリアサスについてはそこまでではないと思う。むしろトレーリングリンクが逆向きのフロントアクスルの方が辛い。フロントが段差を超える時はリジットアクスルを確かに痛感する。
また、リジットアクスルに慣れて無いと独特の車体揺れが気になるだろう。車軸方向に伸びるラテラルリンクは片側が右車体、もう片側が左のアクスル(車軸)を繋いでいる為、左右で車体の揺れが異なる。まぁそういうものだというだけだが。

しかしそれ以外は総じて平和だ。サスペンションは気持ち硬めだが、不快さは無い。

改めて前方を見る。予想通りボンネットの左右先端が目視できる為、車両サイズ把握性は完璧。車両の幅さえあればどこでも入って行けそうな気がする。しかも絶対的に小さい軽自動車だ。
ジムニーで鼻先を擦ったりぶつけたりする方は、免許証返上した方がいい。
元々高所で視界も良く、運転する上で心理的なストレスが非常に低い。パッと乗れて不自由しない。コレはジムニーの最大の特徴かもしれない。
やれカーシェアなどと言うなら、本来こう言うクルマが理想だ。何が電動車だ。

ここで総括する。
ジムニーは以下の点で秀逸な自動車である事がわかった。
・ドライビングポジション
・車体サイズ把握性
・低速車速管理(加減速制御)
コレらは普段の生活に使用する自動車の性能として素晴らしいと思う。
なぜそれが実現できているかと言うと、コンセプトが明快で、いくつかの部分を諦めてるからだ。

例えば車体に対する運転席の位置。ジムニーの運転席は通常のクルマよりも遥かに後方に位置し、前輪から離れた場所にある。
これはオフロード走行時車体が大きく揺れても適切に操作できる様、運転席は揺れが少ない場所に置きたい、前後輪から離れた車体中央に位置したい、という意図からである。
そうする事で、フロントタイヤスペースの干渉が避けられ、右ハンドルの配置は素晴らしいものになったが、その分後席から荷室までを犠牲にしている。後席はリアタイヤの上まで後退し、段差などでは後席乗員は大きく揺さぶられる。また後席と荷室を両立できていない。

トランスミッションも極低速の車速管理を重視する意図で4段ATかつギヤ比を低く設定した為、高速でエンジン回転数は高くなり燃費や静粛性を犠牲にしている。
こんな前面投影面積が大きなスタイルで高速の空気抵抗が低いワケもない。

これらを犠牲にする判断が出来なければ、全てが台無しになる。もしそんなものだったら、私は試乗しようとも、ここでコメントしようとも思わないだろう。

コンセプトを明確にし、それに対して妥協なく真摯に作り込んだ。決して魔法や安っぽいイノヴェーションとやらではない。

そんなプロダクトはこの世の中そう多くない。
ジムニーを作り上げたエンジニア、そして製品化したスズキに心から敬意を表したい。


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