カブ的生活 ♯39

洋子はDAXを寮に持ってきていた。日常生活はDAXを移動の足に使っていた。夜勤明けで博と会わない時や時間ができた時は、DAXに乗って近所をうろうろしていた。洋子と博はその行動を「探検」と言っていた。ジムニーは高知に置いてきていた。早く持ってきたいので「探検」しながら駐車場を探したり、メンテナンスをしてくれそうな車屋を探したりした。駐車場は病院の職員の紹介で寮の近くで安く借りられる事になった。今月末

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カブ的生活 ♯37

大阪へ帰った博は母に色々質問された。母は洋子から手紙が来るので、博に彼女がいることは大体わかっていた。母の質問に博は必要最低限の事しか答えなかった。「青春時代ね」と言って笑っていた。博が謙一には黙っていてくれと頼むと、態度が急変した。「謙ちゃんに言えないってどう言うこと?」と詰問した。博は「放っておいてくれ」と言って家を飛び出した。SR400に乗りあたりを走った。博だって黙っておきたくなかった。で

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カブ的生活 ♯36

博は、今回は精神的にゆっくり観光をする余裕があった。洋子に四万十川に連れて行ってもらい、カヌーに乗ったり川魚料理を食べたりした。夜になった。博は洋子とホテルに泊まると思っていたが、洋子がキャンプをしたいというので食材を買いに行き、四万十川の上流でテントを張った。
 静かな場所で川の流れの音しか聞こえない。キャンプ場ではないので博と洋子以外誰もいない。洋子はコールマンのランタンをポンピングしホヤを焼

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カブ的生活 ♯35

博は盆休みまでバイトの日々が続いた。建設ラッシュでどこの建設会社も忙しかった。朝の7時から夜の10時頃まで働いた。建設現場の給料は良くどんどんお金が溜まった。夏休みが終わるまでに溜まったお金で買える車を買おうと博は考えていた。盆休みに入り土佐清水の洋子のところへ向かった。瀬戸大橋を通りたかったが通行料金が高かったので、一番安くつくルートを探して宇野港から高松港へ行くフェリーを使うことにした。後はす

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カブ的生活 ♯33

朝になった。チェックアウトを済ませ、博のバイクを置いておけないので、博の自宅までバイクを置きに行く事になった。洋子はジムニーで後から付いていった。博は自宅の近くで一旦止まり、洋子に「ここで待ってて」と言った。博は謙一や岡田に洋子の事を黙っていたので、母に洋子を紹介したくなかった。洋子の事を謙一に内緒にしていることを知れば、母は怒るとしっていた。母は謙一の事を自分の子供の様に可愛がっていた。博はバイ

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もやもや

このところずっとモヤモヤしている事がある。

それはジムニーの足廻りの事だ。車に完全に慣れてきてオフロードを走っていた昔の感覚がかなり戻って来ると、足廻りの絶対的なキャパ不足をひしひしと感じるようになってきた。

ノーマル装着のH/Tタイヤはやはりオンロードタイヤ、だから文句をつけるつもりもない、それどころか舗装路やフラットダートならよく走るよく出来た素晴らしいタイヤ。ただやはり、フラット

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カブ的生活 ♯22

もう冬休みの直前、我慢しきれなくなった博は、洋子からの写真を謙一に渡した。謙一はびっくりして、なぜ洋子が博の住所を知っているのか問いただした。「書いてくれと言ったから書いた」とぶっきらぼうに答えたが、謙一は訝しんでいた。博は何もないと言うことを、殊更に強調した。謙一にも住所を教えるということで一件落着し、謙一は舞い上がった。謙一は写真のお礼と手紙を書いた。
 冬休みに入り、まだ受験勉強を始めていな

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ジムニーと歩んだ12年

私にとって車は、山歩きのときのバックパックや登山靴をおなじくらい、日々の暮らしのなかで欠かせないもの。初めて自分の車を買ったのは、20歳のときでした。

アルバイトで貯めた30万円をあたま金に、初めて組んだ3年ローン。買った車は、スズキのジムニー(マニュアル)。親や、まわりの友だちからは、「なんで?」と不思議がられていました。確かに、ハタチの若い娘が買うには、見た目も乗り心地も、少々ハード(むかし

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社用車について

私は仕事をする際に様々な道具を使用しなくてはいけないです。

 それは専門的な道具から、紙資料を挿んでおくのに使用するものまで様々です。

 なかでも、測量の道具は大きくかさばり、そして繊細に扱わなくてはいけないものばかりなのです。

 そんな社用車は一般的にTOYOTAのプロボックス、NISSANのADバン、MATSUDAのファミリアバンなどがあります。

 今の現場に来て最初に乗っていたのはフ

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