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心の風景 小説

 私たちはおんなじだ。同じ星の同じ国の同じ地域で出会い、同じようなことで悩み、同じようなことに笑っている。
 ふと、私は誰かを過剰に尊敬したり、大したことないと誰かをあざ笑ったりしている自分の考えは小さいなぁと思った。相手の心を勝手に理解した気になったり、分からないと言い放って私を必要としてくれる人を突き放したり。今まさに電車の向かいの席で音楽を聞いて狸寝入りをしている男子高校生も、つり革を何度も掴み直して首筋の汗を気にしているサラリーマンも、杖を手すりにかけてメガネを曇らせているおばあちゃんも、広い視点で見れば座席でおやつを食べたそうに体育座りをしている園児さえ、みんな、みんな、おんなじなのだ。誰も偉くないし、不安がる必要もない。そんな、クリアな視点を持って私は私の人生を優しくしていきたいと感じている。え?何かあったのって?まぁ、つまるところ、カレシを振ってやったんだよね。アイツがウチの猫を足で蹴ったから。

 自宅の最寄駅に地下鉄が止まり、毎日の習慣が、降りる乗客すべてにインプットされているかのごとくアナウンスの号令で無言で電車を降り、みんな無言で駅を出て行くのだった。

当然おんなじであるということ。
当然違う人生を歩んでいること。

 どちらも真実なのに、どちらかだけでは意味がない。頭の中が整理できてきた気がしたので、玄関のドアを開ける時には冷蔵庫の中の食材を大体思い出せていて、今日はスープカレーを作ると決めていた。楽だしね。

 久々にランチョンマットなんて使ったなぁ、と、カレーを食べ終えてマグカップに移したホットジンジャエールを飲み終えたころ、ようやくピアノの練習をすることにした。
 オス猫のタロ子がピアノの椅子の上で首を後ろ足でかきむしっていたからコラコラと注意をしながらそっと床へ降ろした。ピアノ、何年ぶりだろう。手書きの楽譜を譜面台に置いたら妙に手汗をかいてきた。タロ子ってさ可愛いよなぁと、私が座っていたクッションの温もりの上で寝返りを打つ姿に安心して、自分で作った曲を静かに私は歌った。

窓に曇る手の模様
光る雲、落ちる空
やがて大切たちが手を結び
ボクらを迎えにくるだろう

ボクらは気づく
1人じゃない

ボクは気づく
ボクしかいない

忘れちゃいけない
ボクの体温


結局私は1人なんだよな…
そう思って歌い終えたら虚しくなって下手くそな演奏をあっさりとやめた。誰に聞いて欲しいわけじゃないしね。タロ子がベットを占領する前に今日は寝よう。タロ子、アイツやっぱり嫌な奴だったよね?と、心の中でタロ子に問いかけて電気を消した。

 クレヨンの色を全部使ったみたいなパステルカラーの空だ。懐かしい感覚で私はメリーゴーランドに乗っている。私が乗っていたカボチャの馬車はレールから外れてマンホールの中へトロッコのように暴走しはじめた。昔買ったぬいぐるみ達が手を振りながら私を笑っている。

なんだコレ!夢かよー、すごく楽しい…。

現実的な意識が戻ってきて夢だと分かった代償に夢の世界にカレシが入ってきやがった。
アイツはいった。
「ねぇ?歯磨きするだけの職業知らない?」

 知るかボケ!そう叫びながら目が覚めた。目覚めはいい気分ではなかったけれど、この夢に大事なヒントがある気がして忘れないうちに私は一気に詩を書いていた。遅刻するかも知れない時間になっても私は半ば使命感さえ感じながらパジャマ姿で机に向かっていた。今まで作ってきた自分の作品世界から一歩違う世界を開ける予感があった。

「心の風景」

くるぶしに風を感じた午後二時の
校舎 桜 日陰でみてた 心の風景
この風景を僕は忘れる
君とみた 日陰の青を 君は忘れる
大切な今日を思う 心の風景

街は流れ 日は沈み
濃いオレンジの車窓に思い出す
日差し 桜 君とみていた 心の風景
この体温が懐かしい
足元に吹く冷たい風を 僕は思う
大切な人を思う 心の風景

 なんかよく分かんないけどいい感じ。私はそう満足して着替えだけして家を出た。

 会社帰りの午後、どんな曲を付けようか考えながら家路を歩いていた。今日はやけに色んなことに気がつくようで、一番近いと思っていた郵便ポストより自宅からもっと近い所に郵便ポストがあるのに気がついて嬉しかった。普段オープンしてないから営業してないと思っていたカフェっぽい店舗が、フリースペースのようなものなのか子どもたちがご飯を食べていて、バイオリンを弾いている女性がいてオレンジのあったかいライトで賑わっていて、あぁ、気づかなかったけど、こういう自分とは縁がなさそうなどうでもいいことって案外大事だよなぁって気がついた。

 夕飯、どうしよっか?そう考えていたら貰い物で最近知人からアスパラガスをもらったんだ!早く帰ろう!そう思ってご機嫌になって、ちょっと小走りに私は帰って行く。

ねぇねぇ、なんかさ、人生っていいよね。

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