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R5司法試験のとりとめもない感想

 もう「司法試験」は、夏の季語にしていい。

 あの5日間で5年分ぐらい年をとった自覚がある。はやく終わってほしいけどまだ始まってほしくない、とても眠たいけど眠くない、お腹は空いてるけど食欲がない、暑いけど寒い、長いけど短い。こんな「心が2つある~」のバランスを保つには5日間がギリギリだった。
 先人たちはみんなこの苦行を乗り越えてきたのかと思うと、頭が下がる。国をあげて合法の拷問が行われているとしか思えなかったが、国には逆らえないのでなんとか受けきった。

 あまりのストレスで脳が勝手に5日間の記憶を消そうとするが、私はそういう記憶も消えてほしくないため、noteにとりとめもなく感想を書こうと思う。司法試験を受けた人も受けなかった人も、老若男女、貴賤上下、北は北海道、南は沖縄まで、どんな人も安心して読めるよう試験内容には触れない。

1. 席ガチャに怯える日々

 私は、人と比べて五官の作用を用いてストレスを受ける能力が高い。特に「嗅覚」と「聴覚」が敏感で、自習室に気になる人がいると自主的に席を変えてきた。しかし、試験会場ではその自己防衛ができない。

─汗臭さから逃れられない夏

 特に夏の「嗅覚」なんて悲惨だ。みんな試験の緊張と相まって、毛穴がないところからも汗が吹き出すにきまっている。汗臭さに集中をかき乱されるなんて、たまったもんじゃない。
 防衛のために香水をたっぷり浴びてから会場に向かおうかとも思ったがやめた。香水が苦手な人のことを考えると、無臭が理想だと思ったからだ。もはやちょっといい寿司屋に行くときと同じ配慮である。

─寒暖差で鼻水が止まらない夏

 「聴覚」はより日常的だ。鼻をすする音、貧乏ゆすりで布がこすれる音、乱暴にページをめくる音……挙げればキリがない。普段は気にならない音が、自習室や試験会場といった静かな環境だと際立って聞こえてしまう。
 受験票には「生活音(鼻をすする音など)に対しては救済措置を行いません」という旨が記載されていたため、公式の助けを借りることも期待できなかった。いかにも万事休す、完全に私の運に託された。

─鼻すすりニキ1人という末吉の席

 当日は席に着いて、六法がティファニーブルーであることを確認した後、すぐに周囲の席を見渡した。汗臭さや香水臭さもなく、心安らぐ無臭だったため、まずはみんなの衛生意識に感謝した。ツイてる。

 しかし近くに「試験中だけ鼻すすりニキ」が1人いた。鼻をすする人なら他にもいたのだが、彼は試験中だけ豪快に鼻をすするのだ。思わず「大丈夫ですか?脳天まで鼻水が到達していませんか?」と声をかけたくなったが、休憩時間になった途端に穏やかになるため声もかけづらい。

 短答のある最終日、彼はシャカシャカと音がなる素材のズボンを穿いてきた。すると、鼻をすする音と貧乏ゆすりの音がハモり始め、不快生活音のデュエットに少し動揺してしまった。それまでの3日間は気付かなかったが、貧乏ゆすりの癖もあったのだ。ふーん、おもしれー男の受忍限度を超えたため「この科目が終わったら流石に試験監督員に助けを求めるぞ……次こそだ……」と思ったが、これを何度か繰り返したら司法試験が終わった。

2. 個人的にしんどかった場面

 人生で初めて「疲れすぎて寝られない」という経験をした。何を言っているか分からないと思うが、本当に疲れすぎて寝られないのだ。目を瞑りはするものの「目を瞑っている」というよりも「バキバキに覚醒している目に瞼を被せている」と形容する方が正しかった。

─身体的しんどさランキング

1位 2日目の起床時
2位 1日目の行政法後
3位 最終日の短答後

 司法試験期間中は遅刻が怖く、1~2時間に一度目が覚めていたため、慢性的な睡眠不足は言うまでもない。それより2日目の起床時、首の後ろの筋肉が硬直していたことに動揺した。おそらく前日の緊張で、肩回りに力が入りすぎたからだと思うが、前に倒しても後ろに倒しても痛むという八方塞がりで、思わずホテルの部屋で1人で笑ってしまった。笑うと首がさらに痛むのですぐに真顔に戻した。

 また、私の試験会場は浜松町だったのだが、人を何時間も拘束するには硬すぎるパイプ椅子だったように思う。椅子の硬さには耐性がある方だと思っていたが、流石におしりが2^4日間=16等分された。
 私はホテルから通っていたため手持ちの荷物に限界があり、自宅から通っているであろう受験生たちが各々クッションを持ってきている様子を指をくわえて見ていた。受験票の持ち物の欄に「受験票・受験番号シール・筆記具・クッション」と書いてくれたっていいほどである。これが持ち物の四天王だと声を大にして言いたい。

─精神的しんどさランキング

1日目 1日目の選択科目後
2日目 1日目の憲法後
3日目 中日の夜

 開始早々、選択科目の3時間の洗礼を受けた直後が、最も呆然とした瞬間だったように思う。出来不出来にかかわらず、これがあと何科目も続くのかと思うと果てしないように感じた。
 1日目の夜には、昨年合格した友人に思わず「司法試験ってこういう風に一日ずつ終わってくんだ」「司法試験って始まるし終わんだ」と偏差値3のLINEを送った。送ったときの記憶は正直あまりない。

3. 11月までどう生きるか

 修了生のみんなは、無職を余儀なくされるロースクール生最後の代として素敵な夏をお過ごしだろうか。

 「ひょっとしたら合格してるかもしれない、いややっぱり不合格かもしれない」の往復を一日に何度もするのにもう疲れてきた頃である。シャワーを浴びているとき、電車に乗っているとき、洗濯物を干しているとき、日常を生きているときに急に襲い掛かってくる。11月までこれを繰り返すのかと思うと、まだ何かを試されているかのような気持ちになる。

 私にとっては「何を書いたか」と同じぐらい、もしくはそれ以上に「何を感じたか」も重要だったため、再現答案も書かずにnoteに着手してしまった。しかし背徳の味がするnoteは、これぐらいで丁度いい。気が済んだので、生活を取り戻していこうと思う。

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