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【300字小説】朝には溶けてしまえるように

 彼女の小さなアパートに、一晩中ほのかな灯りが点いているのを、そっと夜が見ていた。

 どうやら今夜、ひとつの恋が終わったらしい。長い長い電話は、話し合いだけで済んでしまった穏やかな別れ話。感情的なやりとりはなくとも、心はぐったりと重く疲れている。ソファにもたれたまま動けず、眠れない彼女。瞳から滲んでは流れる涙の複雑な美しさを、真夜中の静謐な空気が受け止めた。

 やっと涙の枯れ果てた頃には、もう朝が近かった。陽の光が少しずつアパートを照らし始める。夜通しやわらかく明るかった彼女の部屋が、だんだんと世界に溶けていく。白んだ空気と光の中でようやく眠りに落ちた彼女を、朝がやさしく包んでいた。

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