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続・京都〜日光570キロを9日間で走った話(その9)

軽井沢から群馬伊勢崎まで。全9日間のこの7日目の行程は、難所は少ないものの最長の79キロを要する距離です。しかし逆に言えば、この行程さえクリアすればゴールしたようなものと申しても過言ではありません。
ただ一つ、天候という不確定要素の懸念を除いては。

5時起床。6時出発。さすが避暑地として有名な軽井沢の早朝は肌寒く、ジャケットにロングパンツの装備でも寒いくらいです。いかにも「私はセレブ」という出で立ちのおしゃれなウエアに身を包んだ女性がさっそうとジョギングで追い抜いていく姿に目もくれず、私は標高956メートルの碓氷峠へと足を運んで行きました。
そして、峠の頂上からはあまりにも長い山下り。疲れた体を奮い立たせながらやはり今日も同行することになったC氏と一緒に走って下りていたのですが、ふと良い考えを思いつきました。

「すいませんCさん。ちょっと上に戻ってまた走ってくるので、そのシーンを撮影してもらえませんか」

テレビのドキュメンタリー番組では「やらせ」として倫理委員会から糾弾されるやもしれぬこの行為ですが、友人たちへのSNSの発信には多少の脚色は致し方ありません。撮影したC氏さえ口をつぐんでいただければバレることもあるまい。とは言えC氏も「ああ、それは良い。ぜひ私も!」となったためめでたく相互不可侵条約締結となったわけでありますが。

木漏れ日が美しい碓氷峠の下り。とりあえず1テイクで撮影終了。

そして、碓氷峠を降りると、予想通りThe 関東の熱気が襲いかかります。今日は80キロもの道程。名物である峠の釜めしを食するC氏に別れを告げ、私は先を急ぎました。
しかし、太陽を遮るものがほとんど無いこの国道では全くスピードが出ません。とにかくこの暑さを凌がねば走ることもままならないだろう。

コンビニでアイス!コンビニでアイス!

心の中で呪文を唱えつつ進んでいると、前方に待望のセブンの看板がその神々しい姿を現しました。コンビニチェーンは数あれど、やはりあの看板に一番の安心感を抱くのは私だけではありますまい。
喜び勇んでスイカバーを調達し生き返った私は、店を出るやいなや足取りも軽く走り出しました。やはりアイスの威力は抜群、C氏とはだいぶ距離も離れたことだろう。ここはやはり年の功、走力よりメンタルが物を言う世界である、非情なようだが勝負の世界というものはそういうものなのですよ。

と考えながら走っていると、C氏から携帯にメッセージが届きました。
「暑くて横になって寝てました。ようやく安中宿です」
やはり彼は苦戦しているようだ、と思いながら彼との距離差を確かめるべくスマホのGPSを確認した私は、自らの現在地を示すマークを見て目を疑いました。彼が今いると送ってくれた安中宿、私はなぜかその地点の手前にいたのです。


「ホームズ、この作者は先に進んでいたはずなのに、なぜ後ろを走っていたはずのC氏に追い抜かれてしまったんだい?」
「ああ、簡単なことだよワトソン君。前に進んでいた、というのは単なる作者の思い込みで、実際には全く前に進んでいなかったんだ」
「え?でも作者はアイスを食べて調子良く進んでいたんじゃないのか?」
「ははは、実はそのアイスを食べたのが悪かったんだな。もう少し気をつけていればそんな事態は防げたはずなのにね」

解説しましょう。私はアイス調達のため喜び勇んで入店したセブンイレブン安中バイパス店を出た後、確かに間違いなく順調に走っていました。

しかしこの店は、中山道と国道との間に挟まれた路地にあったため、通常のように入り口が街道に面しておらず、そのため店舗を出たあと方向感覚を失った私は、元の道を東京方面ではなく軽井沢方面に逆走してしまったのです。そしてついには銀行のATMの中で涼んでいたC氏に気が付かず追い越してしまい、結果として後ろになってしまった、というわけです。

セブンイレブン安中バイパス店への入店と出店ルート。長距離の大会ではよくあるミスだが、通常は標識や太陽の方向などですぐに気がつくことが多い。

絶妙なるタイミングでメッセージを送信いただいたC氏がいなければ、私はそのまま京都まで舞い戻ることになっていたやもしれません。やはり、この暑さでは単独行動は危険だ。ここは二人力をあわせて進むしか無い。

私とC氏は、暑さで朦朧とした体に鞭を打ちながら高崎への道のりを下って行きました。暑さ寒さも彼岸まで。夕方になれば少しは涼しくなるはずだろう。
しかしそう思いながら走っていた私にその後さらなる試練が襲いかかりることになろうとは、その当時の我々は全く知るよしもありませんでした。

栄光のゴールまで、あと150キロ。

(次回につづく)

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