そよ

23歳の生活とまた別の世界のこと

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最近の記事

腹が減ってはファックはできぬ

しょうもない。実にしょうもない。 だが私はこの一説が大好きだ。 人間の3大欲求のひとつを満たすためにもうひとつを満たす。前述したように一見は実にしょうもない一節に見える。けれど、果てしなく「生」を感じる。人間ここまでシンプルであって良いのではないかとさえ思わせる。 馬鹿だ。本当にこの男は馬鹿だ。誰も聞いたことのないような三流私立大学生で、興味のあることと言ったら女子高校生とのセックスと派手な洋服と飲酒と馬鹿話。生きてるなあって感じがする。 このnoteの題名の一節を本書

    • いま、ここ。

      私はその1節を読んだとき、膝から崩れ落ちるような大きな衝撃を受けた。 自分が劇場の舞台に立っている姿を想像してください。このとき、会場全体に蛍光灯がついていれば、客席のいちばん奥まで見渡せるでしょう。しかし、自分に強烈なスポットライトが当たっていれば、最前列さえ見えなくなるはずです。  これは、アドラー心理学において、「いま、ここ」を生きなさい、そうすれば過去も未来もみる必要はなくなるから。ということを実に分かりやすく表した1節である。   どうして過去も未来もみず今に

      • おじいちゃん

        こんなことを書くのは不謹慎かもしれない。 でも、今の私の気持ちをここに殴り書かなければ私はたぶん、壊れる。 私のおじいちゃんが、昨日の夜亡くなったらしい。 がんである。ずっと闘病していたらしい。らしい、というのは、家庭の事情があり、私は数年おじいちゃんと会えていなかったからである。それでも私は数週間前、数年ぶりにおじいちゃんに会った。 数年ぶりに会った生きているおじいちゃんの姿に、私は衝撃を受けた。身体は痩せ細り、話しかけても目は合わず、口をしきりむごむごとさせ、身体は痙

        • 駐輪場のおじいちゃんが好きだ

          私は、駐輪場のおじいちゃんが好きです。 という、21歳の告白。 いや、勿論恋の対象として好きなのではなく、なんというか、親戚のおじちゃんに懐くような感覚の、好き。 ここで言う駐輪場のおじいちゃんとは、自転車の整理だとか、取り出しにくい場所にある自転車を取り出してくださる、あらゆる駐輪場にいるおじいちゃんスタッフだ。 私はそのおじいちゃんが好き。 駐輪場に毎回同じおじいちゃんがいるわけではないから、個人を指しているのではない。でもいついるおじいちゃんも私は好き。 ここ

        腹が減ってはファックはできぬ

          生きたご褒美の死

          ※先に注意しておきますが、これは自殺を勧める意図があるものではなく、一たまに死にたくなっちゃう人間として、わたしはそうやって生きるのもありだなぁと思ってるよ、というだけの文章が以下続きます。 死にたいと願う人に、あなたは何と声をかけるだろうか 「死んじゃだめだよ」 「死んだらすべて終わりだよ」 「あなたが死んだらわたしは悲しい」 おそらくこのへんの言葉ではないかと思う こういった言葉をかける人たち(私だって本当に死のうとしている人がすぐそばにいたらこんな言葉もかけるか

          生きたご褒美の死

          ピクニックの魔法

          私は昨日の夜、憂鬱な気持ちでお弁当箱に余ったおかずや冷凍食品を詰めていた。 節約のためのお弁当だけど、(自分に作る気力がなくて)余り物と冷凍食品しか入っていないお弁当を大学の薄暗い部屋で食べるの、嫌だなぁと。虚しいなぁと。 今日。どこまでも青く広がるキャンパスのような空に、わたがしみたいな雲がぷかぷかと浮いている。大学の野外の広場は、やさしい日差しが降り注いでいて、暖かかった。 わたしは、迷わずその野外の広場のベンチに腰をおろした。昨日憂鬱な気持ちで詰めたお弁当箱を開く

          ピクニックの魔法

          香水と化粧と服と下着は鎧であり武器である

          先日、初めてのインターンシップがあった。 わたしは、自分が持っているなかで1番新しくて1番体のラインが綺麗になる下着をつけていった。 勿論、脱ぐとか誰かに見られるとかそんなことは一切ない。就職活動において、誰かに綺麗に見られたいなどという欲求も全くない。 わたしは、わたしのためにその下着を選んだ。 なんとなく強くなれる気がするから。 いわば自分にとっての苦難を乗り越え、戦うための鎧であり武器なのだ。 今回は場面が就職活動であったため、下着という装備だけであったが、わた

          香水と化粧と服と下着は鎧であり武器である

          大丈夫だよ、きっと

          「大丈夫だよ、きっと。」 わたしが演劇部だった高校時代、16歳の冬、上演した劇のなかにあった台詞である。 それは絶望している女性に対して、冷たく、そして軽くあざ笑うかのような棘のある台詞だったと思う。 ポツポツポツ、ザーザーザー 「雨」が表現のメインとなっていたその劇は、とある女性が、とあるきっかけで自分の未来を見てしまい、絶望しながらもそれでも生きる決断をするという内容だった。 今日わたしは、カウンセリングルームを出ようとしたとき「大丈夫!」と力強く言われた。

          大丈夫だよ、きっと

          本当の好きの気持ち

          たしか、恋人との一年半記念日であった。 恋人が連れて行ってくれようとしてたスペインバルがまさかの閉店ということが分かり、急遽探して行ってみたスペインバル。   店に入ると"hola!"と陽気に出迎えられ、その雰囲気からしてもう大好きになった。 なんだか分からないけど美味しいタパスと、パエリアと、なんか当時はよく分からなかったけど色々食べた。お酒も飲んだ。 よく言うけど、本当に好きなものってなんで好きなのかよくわかないんだよね、 恋人だって、なんで好きなのか本当のところ

          本当の好きの気持ち

          布団を愛して自分を愛す

          「あーーーーー。やらかした。」 「なんて自分はダメなやつなんだ」 「こんな自分で、大丈夫かなあ」 と、こんなことの連続である。 就活なんて、そんなことばかりだ。驚くほどに。自分はなんてだめなやつなんだろうの繰り返し。 最初から完璧になれたことなどないのに、完璧主義という極めて理不尽なこの気質が、私をいつも苦しめている。 そうやって、落ち込んで自分の行く末を心配して心配して、布団に潜り込む。私を包み込む布団が、私を少しだけ愛してくれる気がして。 別になんの慰めにもならない

          布団を愛して自分を愛す