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彼氏と南京錠

赤ちゃん元カレキノコ採取男など特殊なカナダ人男性たちの次に出会ったのが今の彼だ。彼の写真を友人に見せたところ「ほんの少しだけウエンツ瑛士」と言われたが、度が強い眼鏡を着用しているため、ケント・デリカット要素もある。

そんな彼は多趣味で、ゲーム配信、料理、レザーワーク、読書、アニメ、ギター、アコーディオンなど、興味が湧いたものには片っ端から手をつけていく。今回は、そのなかでも殊更ユニークだと感じた彼の趣味を紹介させてほしい。

ある休日、彼の家のソファーでゆっくりしているときに「ちょっとオタクっぽい趣味があるんだ」と言いながら、食材を冷凍保存する用のフリーザーバッグに納められた二十数個の南京錠を渡された。

南京錠二十数個が日常生活で必要なときはあるのか。いや、そもそも南京錠はフーリーザーバッグで保存するものなのだろうか。さまざまな疑問が私の頭のなかに浮かぶ。

しかし、私のような多様性への受容度天元突破レベルにもなると、こんな南京錠ごときに臆すこともない。「南京錠で何をするのか」と尋ねたところ、「ピッキングするんだよ」とのことだった。

南京錠のピッキング。もはや非正規ルートで銀行に忍び込むタイプの人が持つべきスキル。これをオタクっぽい趣味と形容していいのだろうか。さすがの佐伯ポインティも「オタクくんじゃ〜ん!」という言葉を慎む、反社会的な趣味だ。

呆然とする私を横に、彼はテーブルにピッキングツールを並べ、南京錠の構造の説明をし、実践に移る。南京錠のなかには小さなバネが並んでおり、そのバネをピッキングツールで押し上げると、開けられるようになっているそうだ。

一つの南京錠を得意げに開けた彼から「さあ、次は君の番だよ」と透明の南京錠を渡された。彼曰く「透明だと中の構造が見えるから初心者でも開けやすい」らしい。まさに反社会勢力の入団試験。

気は乗らないが、ここで断る私ではない。彼から渡されたピッキングツールを使って、レクチャーされた通りに、小さなバネたちを押し上げていく。するとどうだろう、カチャリと南京錠が開いたではないか。

芽生えたのは、知るべきではない知識を得てしまった罪悪感、いけないことをしてしまった優越感と達成感、そして「もっとほかの南京錠を開けてみたい」という気持ち。

「こんな気持ち、知りたくなかった……」と涙ながらに語る少女漫画の主人公が言いそうな台詞を、こんな場面で使うことになるとは『ちゃお』愛読者だった小学3年生の頃の自分には想像もつかないだろう。お前、18年後に南京錠開けながら言ってるよ。

私は別の南京錠に手を伸ばし、再度ピッキングを試みる。

そこには、ソファーに腰をかけ、南京錠をガチャガチャと開けようとする男女二人の姿があった。


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