Q4:なぜ救われなければならない現実があるのか?
人間なにごとか窮地に追いやられると、「Help me!!」、どうにかしてその状態から脱出できないものか、ともがくものです。
「何とかして救われたい!」
事態が、強盗や悪漢に迫られたなどという修羅場であれば、当然自己防衛本能から相手を斃すことも辞さない。
その極みは戦場でしょう。
その目的が相互に「敵」を斃すことであれば、まさに相手を殺さない限り、自分が殺られてしまう、という極限状態に置かれるわけで、その状態をこの世の言葉で何というのか? と問われればそれは、
地獄
の二文字で十分です。
当然そこには、通常の社会でのルールやモラルは一切適用できない”治外法権”下に置かれるわけで、チャップリンのいう「一人殺せば殺人で百万人殺せば英雄」が不文律だ。
とりわけベトナム戦争では、多くの兵士が帰還後、PTSD(心的外傷後. ストレス障害)というもう一つの地獄を経験することになった。
そんなことは尻目に、もちろん過去にも今も”英雄”たちは群雄割拠。
スターリンの「大粛清」1000万人。
東京大空襲10万人。
広島長崎50万人余。
ベトナム戦争越南だけで300万人~。
文化大革命2000万人。
ルワンダ内戦100日間で80万人余。
イラク戦争20万人。
・・・
💥続けて多少詳細を書きましたが、具合悪くなってしまったので削除しました。
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もちろん戦争やジェノサイドの首謀者がどんな人物なのかは、虚々実々な面がある。
というより、僕は思うんですねえ、
そんなの誰でもいい。
もし、〇〇だと名が挙がっていたとしても、賭けてもいい(いや、自分博打やりませんがね💦)、たぶん十中八九、それはスケープゴートでしょう。
(その手段は、脅迫と人質です。本人よりも愛する者や家族に魔の手が伸びるような。つまりよくあるサスペンスものに見るような手口は、彼らの十八番なわけ。)
よって、意外にその人物は、おもてづら紳士的で、笑顔のさわやかな彼かもしれません。
そもそも、僕らは戦争知らないでしょう?
知らないのに語れませんね。
まして、その前線なんてものは、寝転びながら片手のポテチを口に運びつつ観るTVや映画とはわけが違います。
完全に無法地帯。狂気と錯乱の地獄絵図です。
誰がそんな青写真を描けますか?
断言しますが、人間にそんな芸当はできませんよ!
人間を代弁してこの僕が保証します(??)
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戦争の目的は経済戦にある。
そうでしょう。
しかし、それすらも「表向き」でしかありません。
宗教戦でもありません。
地政学や軍事学や工学や・・「先生」がたが後からトレースするように解説するそれは嘘ですよ。
いや、嘘でないにしても騙されています。
戦争に目的はありません。
戦争が目的なんです。
だから、戦争は無くならない。
簡単に言えば、
悪魔がそれによって生じる負のエネルギーを餌にしているからです。
昔から「悪魔」「悪霊」といった存在があった。
それは「堕天使」といってもいい。
異星の存在です。
それは、「憑依」します。
しかも、とりわけ世界動向を握るキーマンやエリート層に(光側も接近するけどね)。
もしかして、あなたはそんなことは宗教的な、あるいはオカルト的な一部の意見とお考えかもしれません。なぜなら、そうした事象はこれまで意図的にそのように扱われてきたからです。
しかし、それは一部ではなく全部です。
スピリチュアルではなく現実です。
これが、地球史です。
(ネアンデルタール人などに端緒がほの見えます)
これが、陰謀の頂点の最大の秘密です。
どーですか?
人間舐めんなよ!
ではないですか?
ショーワ舐めんなよ!
(ではないですね💦)
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では、この辺でちょっと立ち止まって考えてみましょう。おそらくは、だれも考えることのない「考え」を。だれも疑問に思わない「疑問」を。
それが、
なぜ救われなくてはならない現実があるのか?
(一見おせっかいじゃないですか? ほっといてもらいたいなんて)
という問題です。
人は、自らの強烈な「願望」というものには、その灼熱のような光の陰になって、疑問を抱かないものです。
ケーキを食べたい貴女は、単に好きなケーキを食べたいのであって、どのケーキにしようかと考えたりすることはあっても、「あれ、何で私はそれを食べたいのかしら」なんて考えませんね。
同様に、ある人は強烈に、ある人は密かに「救われたい」とどこかで思っています。
それは、借金地獄からのそれかもしれないし、人間関係のゴチャゴチャかもしれないし、重篤な病からのそれかもしれないし、平凡で退屈な毎日からのそれかもしれない。
考えてもみてください。
7,8千年もの昔に釈迦は「生・病・老・死」の四苦八苦を解脱せんとして仏教を説いた。
イエス・キリストは「信じる者は救われる」と説いた(僕はこの言葉には?ですが=聖書は一部改竄されています)。
いずれも「極楽」や「天国」を彼岸に見据えている。
つまり、此岸(地上世界)はそうではないと認めているわけです。
その後の弟子や各宗開祖らも「〇〇すれば救われる」と、救われない娑婆の人々に説いている。
さながらこの世は地獄だと言っているようなもの。
核戦争の記述でも有名な聖典『マハーバーラタ』や『リグ・ヴェーダ』の編纂は釈迦の存命後になるが、その内容は前1万年ほどにさかのぼるとも言われ、当然釈迦はその事実を知っていたものと思われる。
悪魔に試されたり云々の記述は仏典や聖書にもあることから、すでにその時代、その存在は地上を支配していたことがうかがわれる。
僕の情報源では、それは26000年前に端を発していることからも、十分にうなずける。
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この問題は、僕が過去に書いた
なぜ「幸せになりたい」のか?
というテーマと表裏一体の関係にあります。
なぜなら、救われている者(といった表現自体おかしい😅)が「救われたい」悲願を持たないし、幸福な人が「幸福になりたい」なんて思わない。考えもしない。
それは、あなたが何か好きなことに夢中になっている姿だと想像してください。「無我夢中」の言葉にあるように、我は無いし、よって願望すらない。
そんな人が「幸福な人」なんですね。
おっと、忘れるところでしたが、僕らがそうした「天国」を願うのは、遠い昔にそんな記憶があるからです。
だから願うのです。
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さて、闇や悪の存在がない地球以遠の星々のお友達の中には、そんな方々が多いようです。
知らないのです。
光そのものだからです。
「地獄」や「悪魔」「悪霊」という胸糞の言葉をあえて使わせていただきましたが、この地球はこれまでそんな稀有な星でした。
そうした背景を知らずに、〇〇星の方々や天使の存在の口真似をして、光の世界を語るのは、欺瞞です。
また、地球人を代表して(←お前がか🤣)そうした異星の方々に言いたいです。
「光のみの中で育ったものに、アセンションを語る資格はない。なぜならあなたはすでにアセンションしているからだ。僕たち地球人は闇を経験し、勘弁願い下げなくらい悪を突き付けられてきた。だからこそアセンションの意義は一万倍もあるんだ。闇から光、三次元から五次元、壮大な相転移こそアセンションだ!」
(なんて、いざ面と向かうと、「あのー、こんなふつつかものですが、一つよろしくお願いします」っていうに決まってるんだから😂)
東洋哲学に触れて40余年。すべては同じという価値観で、関心の対象が多岐にわたるため「なんだかよくわからない」人。だから「どこにものアナグラムMonikodo」です。現在、いかなる団体にも所属しない「独立個人」の爺さんです。ユーモアとアイロニーは現実とあの世の虹の架け橋。よろしく。