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サンタクロース~09.古びたドレス

9 古びたドレス

「どうしたんだ、アンは」
 その日は、いつもの時間になってもアンが来ませんでした。トトは何度も時計を見上げます。だんだんと落ち着かなくなり、久しぶりに家から出て公園をのぞきに行くことにしました。
 近くの公園に着くと小さな女の子がベンチで泣いていました。何気なく見ると泣いていた女の子はアンでした。トトは急いで側まで走っていくと、泣いているアンに声を掛けました。
「いったい、どうしたんだい?」
 アンは顔をあげるとトトを見て安心したのか、話しを始めました。
「うん。みんながわたしの洋服が汚いって言うの。だから、クリスマスパーティーには呼ばないって……」
 いきなりの言葉にトトは動揺しています。そして、彼女の洋服に目をやりました。それは確かに綺麗とはいえません。つぎはぎだらけで何度も手直しをして着ている。といった感じです。
「それなら、新しい洋服をママに買ってもらえばいいじゃないか?」
 するとアンは目を伏せて、悲しそうに首を振りました。
「ダメよ。私の家はパパが居ないでしょ? だから、ママがひとりで働いているの。太陽が顔を見せてから、どこかに隠れてしまうまで、ずうっとよ。ひどい時には月が顔を見せる時間になってようやく帰ってくる時もあるもの」
「そうか……」
 トトは悲しくなりました。他人の事でこんな気持ちになるのは何十年ぶりのことでしょう。
「それに、ママだって決して綺麗な洋服を着ているとは言えないわ。茶色のコートにかわいらしいヒマワリやパンジーのお花を縫いつけてあるでしょう。内緒だけれど、その下は穴だらけなのよ」
 そう言うと、アンは少しイタズラっぽい顔を見せました。
「だいたい、サンタクロースがプレゼントを、もっと早く持って来てくれれば良いのよ! クリスマスにドレスをプレゼントされても、パーティーはとっくに終わっているわ」
 話しを続けるうちに、少しずつアンの顔に笑顔が戻ってきました。
「でも、プレゼントを早く貰うと、貰ったその日がクリスマスって事になるのかしら? それならパーティーの日はクリスマスじゃないって事になるし……」
 アンはしばらく考え込むと、こう言いました。
「そうだ! トトおじさんが私のおうちに来てくれない?」
「なんだって?」
「家でパーティーをすれば良いのよ! そうすれば別にこのドレスでも構わないでしょう?」
 と言うと、両手でスカートの先を持ち、くるりと廻って丁寧に挨拶をしました。
「……あぁ」
 パーティーなど生まれてから一度も出席した事がありません。トトはとても困ってしまいました。
「ねぇ、いいでしょう? ママに話しておくわね!」
「あぁ、考えておくよ」
 当日に何か適当に言い訳をして断ればいいと思い。トトは、なんとかごまかしたのです。
 元気になったアンを家に送って、自分の家に戻るとトトは古びた箱に『女の子のドレス』と強く心に思いフタを開けてみました。
「これではダメか……」
 箱から出てきたドレスはとても古臭い品物です。その後、何度か試してみたけれど、どれもデザインが古臭い物ばかりでした。
「そうだ。子供用の洋服の本を出せばいいのか!」
 今度は上手くいきました。箱から出した本のページをめくると、かわいい洋服がいっぱいです。トトはその中でもグレーで淵に小さな花の刺繍のあるドレスに目をとめました。
「これにしよう」
 トトがそのページを見つめフタを開きます。
「これは、かわいらしいぞ」
 箱から出てきたドレスは本とそっくりです。グレーの生地で襟と手首、裾には白いレースの刺繍が編みこまれています。トトはアンがこのドレスを着ているところを想像してみました。
「きっと、あの子に似合うことだろう」
 トトは、しばらくドレスを見つめていましたが、肝心な事を忘れていました。恥ずかしがり屋で人付き合いの下手なトトがプレゼントを人に渡せるはずがありません。
「さて、アンに何と言って渡そうか……」
 色々と考えましたが、いっこうに良い案が浮かびません。
「人の事で悩むなんてバカバカしい。こんなものは捨ててやる!」
 そう言うと、ドレスをつかみゴミ箱に投げようとしました。でも、つぎはぎだらけのドレスを着て、明るく振る舞っていたアンを思い出すと、とてもそれを捨てられませんでした。

つづく ~  10.パーティーの約束

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