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【東村山名店紹介】久米川「笑顔(にこ)」 

西武線沿線でも有数の飲み屋街である久米川。店舗の入れ替わりが激しいこの界隈にて、変わらず佇む「笑顔(にこ)」。東村山在住28年の筆者が東村山の名店を紹介するなら外せないだろうと私的な使命感に駆られ、店主・兵藤さんにお話を伺いながら、魅力を深掘りしてみた。



【味に妥協なし、本格中華】

 3卓のテーブル席とカウンターのこじんまりした店内はいつでも賑わっており、夜のピーク時には時折店外で空き待ちをしているお客の姿も見られるほど。

閉店作業中にもかかわらず、取材と撮影に応じてくださった。安心できる広さの店舗。

 壁一面に貼られた色鮮やかな料理の写真。黄色い手書きのメニュー。これぞ町中華というビジュアルが胃袋を否が応でも臨戦態勢にさせる。一番人気であるという四川担々麺を注文して店内の心地よい喧騒に浸っていると聞こえてくる、小気味の良い炒め物の音、中華鍋とレードルが触れ合う鉄の音、麺の茹であがりを知らせるタイマーの音。中華料理店は期待を高める音に満ちている。山椒の香りを立ち昇らせ、担々麺が運ばれてくる。

色味、香り。どうしてこうも、食欲を引き出してくれるのだろう。

 ご主人曰く香港式の担々麺で、胡麻の旨味と、どこか爽やかな辛味を感じた。こだわりは担々麺の命ともいえる胡麻の品質で、中国の物ではなく質の良い日本の胡麻を使用。既成のスープの素ではなく、毎日鶏ガラを使って作るベーススープだからこそ、担々麺の味や風味を生かせるとのこと。
 容赦のない辛さに額から汗が流れ落ちるが、スープをすするレンゲは止まらない。夢中で食べ進むと体がほかほか温まり、食べ終わる頃には風呂に浸かっているかのような多幸感に満たされた。

 頬を火照らせながらぼんやり店内を眺めていると、ホワイトボードの「本日のオススメ」が目に飛び込んでくる。
さ、刺身…!?

【自慢の鮮魚】

一緒に写る兵藤さんご夫婦の何とも嬉しそうな表情に、こちらまで幸せな気分になる。

 離島への釣り遠征のために(当時の小笠原諸島は米国から返還されたばかりで自由に行き来できなかった)船の厨房で働いていたこともあるほど、釣りをこよなく愛する兵藤さん。毎週のように釣りに出かけては、釣った魚をオススメメニューとして提供している。市場で仕入れた魚と合わせて、中華料理に劣らない鮮魚メニューの数を誇り、魚と言ったらこれでしょ?と言わんばかりに日本酒と焼酎の瓶が並ぶ。
 魚が目当てのお客さんもいる程の人気ぶりだが、昔はサービス品として無料で(!?)出していたそう。東京は下町、小岩で生まれ育った兵藤さん。何とも気前が良い。「せがれに怒られて値段をつけるようにした。それで来なくなっちゃったお客さんもいるけど、変わらず来てくれるお客さんを大切にしたい。」とのことで、好きなお店は末永く幸せに続いてほしいと願う筆者は、その考えに称賛を送りたい。
 オススメの中でも一番オススメであろう、ご自身で釣り上げたヒラメの昆布締めと、東村山が誇る老舗・豊島屋酒造の純米「屋守」を追加で注文。新鮮なヒラメのプリッとした歯ごたえ。噛むごとに湧き出す昆布の旨味。中華料理を楽しみにしていたはずが、思わぬ大当たりに面食らってしまう。
 辺りをよく観察すると、カウンターで新聞を広げるお客も、グラス片手にテレビの方を振り返って夕方のニュース眺めるお客も、新鮮な魚介と旨い酒をしっぽりと嗜んだ後、〆として麺やご飯物を注文している様子。
 そう、入店直後にがっついてメイン料理に飛びついてはいけない。ここは「呑んで、つまんで、〆る」を完結できるお店なのだ。

 中華料理と新鮮な魚介の両立について伺ってみると、曰く「中華は万能だからね。しゃぶしゃぶ、てんぷら、どれも元を辿れば中華料理。魚を捌くことも身につく。」とのこと。磨き抜かれた腕前やサービス精神、何より遊び心から生み出された奔放なスタイルが、笑顔(にこ)を唯一無二の存在たらしめているのではないだろうか。

【笑顔(にこ)の魅力】

 初代店主としてお父様がこの地に「二幸」という名で店を出し、2代目として引き継ぐにあたり、息子さんから「すぐに怒るから店名を笑顔(にこ)にして、怒ったときは文字を見て気を鎮めるように。」と言われたと笑う兵藤さん。照れくさそうではあるが、看板に掲げ続けたこの店名への温かな感情が滲んでいた。
 先代・二幸と併せて約65年もの間営業を続ける笑顔(にこ)。「うちのお客さんは7割常連さん」と語るように、入店するお客の多くが友人の家に立ち寄ったかのような朗らかな顔を厨房に向ける。子どもを連れた家族客、仕事帰りに酒と魚を嗜む一人客、昔なじみの趣味友だちで集まった団体客など老若男女様々なお客が集まり、どの卓からも楽しげな声が聞こえる。

 肩肘張らぬ気楽さと、期待を裏切らない中華に、予想を超えてくる鮮魚。担々麺の‟麻”と‟辣”のように安心と興奮を同時に啜り、すっかりこのお店の虜になったお客(筆者を含む)が、喜びの汗を流しながら通い続けるのは必然か。笑顔(にこ)の魅惑の麻辣、是非とも実際に体感して頂きたい。

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