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野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第二話 高山彦九郎(1)

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 世界のひびわれの中に、身をもって入っていった人。
これは、米国のとある文芸評論家について言われた表現だが(鶴見俊輔『北米体験再考』)、高山彦九郎を言いあてるのにふさわしい。
彦九郎が世界のひびわれの中に入り、力つきるまで歩きつづけたことは、私たちに何をもたらしうるのだろうか。

 高山彦九郎(1747-93)は、江戸中後期を生きた旅行家、そして行動的思想家である。

高山彦九郎の足跡
(『高山彦九郎の実像 維新を呼んだ旅の思想家』(あさを社、1993年)掲載
の地図をもとに作成)

その活動期は、日本史の時代区分にいう「近世」に属するが、これは西洋史の概念ではない。資本主義の発展を準備した点で、経済的には近代に入る。だが、総人口の7%程度の武士層が政治権力を握り、人民による政治参加が実現していないという点で、政治的には中世の延長だ。この「近代」と「中世」の併存という状況を、「近世」という不思議な日本語は象徴している。

 武士、農工商、賤民がそれぞれの分をわきまえ、極力秩序を乱さぬようにする。江戸時代は、諸大名を統率する徳川幕府がこの規範に人びとを従わせることで、長い平和を保ちえた時代である。
だがこの支配のしくみは、根本的な矛盾を抱えざるをえなかった。

幕府が実行した兵農分離は、武士という消費専門の身分をつくりだし、生産と消費を分断するとともに、米などの主要生産物を換金生産として発展させる結果をうむ。
また、幕府が人びとの移動の禁止を通して各領国(領地)への分割支配をはかりつつも、自らの権力と権威を高めるため実施した参勤交代制度は、大名家臣団の大移動ばかりでなく、金銀の大量流通をひきおこす。
これは、商品生産の拡大だけでなく、人間同士の身分を超えた交流の拡大をももたらした。

 彦九郎は、武士ではなく、農家の出である。とはいえ、その家の先祖は、南北朝時代には天皇のために忠誠をつくした家格の高い武士だった。
封建的身分制度の枠をはみだしてしまうこの風変わりな出自が、その規格にとらわれない人間性と、生涯にわたるマージナル(境界侵犯的)な活動の背景だった。

京都・三条大橋東詰の高山彦九郎像*
(ヘッダーの写真の全体図)
土下座!? 

→ 高山彦九郎(2)へつづく
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◆参考文献

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◆著者プロフィール

野口良平(のぐち・りょうへい)
1967年生まれ。京都大学文学部卒業。立命館大学大学院文学研究科博士課程修了。京都芸術大学非常勤講師。哲学、精神史、言語表現論。

〔著書〕
『「大菩薩峠」の世界像』平凡社、2009年(第18回橋本峰雄賞)
『幕末的思考』みすず書房、2017年
〔訳書〕
ルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ』共訳、みすず書房、2011年マイケル・ワート『明治維新の敗者たち 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』  みすず書房、2019年
〔連載〕
「列島精神史序説」(「月刊みすず」2020年7月号~2022年9月)
「幕末人物伝 攘夷と開国」(けいこう舎マガジン)!!!!!!
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