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映画感想 パコと魔法の絵本

この記事はノートから書き起こされたものです。詳しい事情は→この8か月間に起きたこと。

 ここ近年、サイケデリックな映像を撮り続けてきた中島哲哉監督。『パコと魔法の絵本』では一切のロケをやめて、完全なセット撮影。天候などの自然現象に左右されない密室で、監督が完璧にコントロールできる環境を作り、脳内イメージを直接あぶりだしたかのような映像を作り出す。
 映像を見ると、なかなかすごい。カット一つ一つにものすごいこだわり。セットの奇妙なイメージもだし、照明もどのカットを見ても独特のクセがあるし、出てくる登場人物も1秒たりとも気を抜いた瞬間を見せない。
 でも正直なところ……ここまでやるんだったら、アニメで作ればいいのに……と思わずにはいられなかった。

 物語はよくある話。頑固なジジイが、天真爛漫な少女と出会い、人生観が変わっていく……というお話。これは、監督の自己像なのだろうか……と妙な勘繰りを入れたくなる。

 全てのカットをコントロールする。すべてのカットを自分の意図通りにする。これにとことんこだわりぬいた作品。ここまでやるんなら、アニメ作ればいいのに……と思ってしまう。
 いやしかし、あえての実写なのだろう。実写の優位点を挙げると、細かなディテールや光表現が使えること。アニメだと動かさなくてはならないから、多くの場合ディテールがはぎとられ、つるっとした質感になってしまう。光表現においても、アニメでの光表現はどうしても“象徴的なもの”になりがちだ。特に老人を描く場合……『パコと魔法の絵本』も主人公が老人だが、アニメで老人を描くのはかなり難しい。皺で皮が垂れている印象をシンプルな線と色で表現するのは、かなり難しい。
 映画の後半にデジタルシーンが登場する。この質感の違いも、実写ならではのもの。アニメでも表現できなくもないけども、「質感の違いで、違う位相の物語」を表現するのはアニメでは不向き。なぜならアニメはすべてが虚構だから、手書きのキャラクターとデジタルのキャラクター、平気で同居してしまう(最近はメカものとかCGで作られてるし、そういうものが同居している映像を普段から見てしまってるし)。アニメだと質感で違う位相で物語が展開している……ということがなかなか表現できない。やろうとしても観客を混乱させてしまう。

 こういった映像を実写で作ることの唯一の弱点が、世界観の狭さ。一つのセットを描くにしても、舞台劇を見ているように、ずーっと同じ方向からカメラを向けられる。待合室のシーンがやたらと多いのだけど、いつも同じ面で描かれる。これが“舞台劇”っぽさを作っている。
 でも、これはわざとやっている。カメラの反対側を作っていないとは思えない。むしろあえて舞台劇っぽく見せている。その一面だけで、場面の世界観や、そこに置かれているもので登場人物の心理を表現しているのだろう。その空間があたかも“飛び出す絵本”に見えるように表現しているのではないか、と。
 舞台にしても、もともと病院内ですべてが完結してしまうお話。“病院内”ですべてを完結するお話、という割り切りが最初からあるから、こういった表現になっているのだと思う。
 アニメなら、もっと自由にカメラの向きを変えたり、外の世界を描いたり、とかできるのだけど……むしろ“縛り”を作るための実写という選択だったかもしれない。
(ふと『ご先祖様万々歳』というアニメ作品があったことを思い出した。まさに舞台劇風、芝居も新劇風に作られた作品で、私は面白いと思ったのだが、友人に見せたところコンセプトをまったく理解できず「カメラワークが単純すぎる!」と的外れなところで怒っていた。アニメでやると、なぜカメラが制限されているのか理解できない人が出てしまうから、不向きかもしれない)

 キャラクターの描き方も、かなりアニメ的。キャラクター一人一人の設定が異様に濃く、その一人一人を丁寧に掘り下げて描く……という手法をとっている。この描き方がまたアニメ的……「アニメ映画的」というより「テレビアニメ的」。テレビアニメの“当番回”を順番に描いて、それを編集で繋いだだけ、という感じ。だから全体の印象を一言でいうと、「テレビシリーズを再編集した劇場版」という感じだった。

 ここまでやるんだったら、アニメで描けばいいのに。そう思ってしまうのは、私がアニメの側の人間だからかも……。しかし実写だからこそ、のシーンも一杯にある。実写という選択で正解だったように思えるし、いや、アニメで作ればもっと……とも思わるところも一杯あったし……。見ながら気持ちの着地点をどこに置くべきか、悩む作品でもあった。

 ところで、中島哲哉監督の次回作として予定されていたのは、実写版『進撃の巨人』。結局、中島版『進撃の巨人』は企画初期の段階で中断されてしまったが、もしも中島哲哉監督が『進撃の巨人』を撮っていたらどうなっていたのか……見てみたい気はする(巨人よりも中島監督が恐ろしい……と言われそうだが。いや、むしろそういうのを期待していた)。


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