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峠の中華

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峠の中華(3)

※第一話 https://note.mu/tori7810/n/n6b1873657189
※第二話 https://note.mu/tori7810/n/nc1ea7e23e01f

 デッキブラシでコンクリートのたたきを擦りながら、受話器を片手にはしゃぐ原町の不愉快な声をやり過ごす。
 いや、原町の声が不愉快なのではない。まだここを離れていない自分に腹が立っているのだ。どうして昨夜のうちに、こ

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峠の中華(2)

※第一話 https://note.mu/tori7810/n/n6b1873657189

 五時半に合わせた目覚ましよりも早く目が覚めてしまい、高瀬は固い布団の上で長いため息を吐いた。
 昨夜、半年以上ぶりに夢を見た。ひどい夢だった。淫夢というにはあまりに残虐な、後味の悪い嫌な夢だ。昨夜の男――コウを、手ひどく痛めつけながら犯していた。
 あの男に関わってはいけないと、頭の中で警報が鳴る。あれ

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峠の中華(1)

 ほんの一年前まで、愛や恋で飯を食っていた。もう、夢か悪い冗談にしか思えない。

 いま高瀬亨の目の前にあるのは汚れた皿とぼろぼろのスポンジだけだ。昼飯時の混雑が一段落したあとの厨房は、油まみれの食器がうずたかく積みあがっている。その全てを一人で洗って拭くのが主な仕事。日給四千円で、三十八歳の肉体を朝の六時から深夜零時まで働かせる。
 人気の無くなったドライブイン食堂の中には古いテレビのひび割れ

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