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ぼくのキリン

「あっ、ぼくのちりんだ!」
突然上がった声に私は目を上げる。リビングのテレビに映し出されているのは【キリン】だった。ゆったりとした足取りでサバンナの乾いた草原を歩く映像を見て、次男が言ったのだ。まだ舌足らずのため、【き】の発音が【ち】になってしまうのだ。
「そうだね。キリンだね」
「ぼ、く、の、【ちりん】だよ!」
胸に手を当てて、誇らしげにそう言うのには理由がある。

今年3歳になった次男は、0歳から保育園に通っている。
私は次男が1歳になってから就職することも考えたが、1歳児で復職する方も多いと聞き、次男が生まれて数ヶ月で始まった保育園の申し込みに飛び込んだ。
求職理由で申し込むと運よく希望する保育園に空きがあった。長男が園庭開放で度々遊びに行っていた保育園だ。園庭が広く、自然に触れる機会も多いその場所を私は気に入っていた。次男は0歳児クラスに生後8ヶ月で4月から通う事になった。
2021年。コロナ禍真っ只中という時期もあってか、一緒に入園した0歳児はたった4人だった。
「お名前書いてある棚のかごに入れてくださいねー」
保育士の言葉に従い、おむつや着替えを入れる。
そこにあったのだ。キリンのマークが。
棚には次男の名前。そして、名前の横に可愛いキリンのシールが貼られている。棚に収められたかごにはシールと同じキリンのマークが大きく貼られていた。
名前を読めない子供たちのために、いちばんわかりやすいマーク。次男のマークはその日から【キリン】になったのだった。

0歳クラスの頃は、まだそのシールが何なのかよくわかっていなかったであろう次男が、1歳クラスになるとともに、それが【自分のマーク】だと自覚するようになった。
キリンのマークは「ぼく」なのである。

そんな馴染みのキリンのマークと、来年の3月にはさよならすることになってしまう。
来年、年少になる次男は、長男が卒園する幼稚園に4月から通園する。
幼稚園では、自分の場所を示す【キリン】はもうないのだ。
そう思うと、胸がチクリと痛んだ。
親の都合で保育園に入り、そして幼稚園に転園する。それで良かったのだろうかと。多分、正解・不正解で答えの出る問題ではないのだけれど。それでも、子育ては続いていくのだ。これでいいのだと自分を納得させるしかない。

「次男くん、キリン好きなの?」
私が聞くと、次男は腕を大きく広げ満面の笑みで答える。
「ぼく、ちりんだーいすち、だよ」
と。

きっと時間が経てば、そんなマークのことなんて、忘れてしまうのだろうけど。
キリンさん。
あと少しだけ、次男のキリンさんでいて欲しいと思う。


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