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BOB DYLAN 来日公演 2023.4.20名古屋公演最終日 "ROUGH AND ROWDY WAYS"WORLD WIDE TOUR 2021 - 2024

はじめに

記事中に「彼」と記載しているが「ボブ・ディラン」の事である。

”久しぶりに川の流れを見に来ただけさ”

それは2月の初め頃だった。
Bob Dylan日本版公式サイトをチェックしていた時の事。
とんでもないお知らせが目に飛び込んできた。

”ボブ・ディラン来日公演決定・来日バンドメンバー”

3度見した。

実はCOVID-19が流行る少し前から来日が予定されていたのは知っていたがCOVID-19は勢いを知らず世界中を破滅一歩手前まで追いやった。結局日本公演は中止となってしまった。彼はもう2度と来日はしないだろうと思っていた。
そんな矢先の事だった。

私はパニックと葛藤に打ちのめされた。
心底崇拝し、憧れた人に会っていいのか?自分の内面にあるものや対象に対するあらゆる見方が(特に悪い意味で)変わってしまわないか?などとくよくよ考えていた。
それは約1ヶ月ほど続いた。
そしてもうこんな事が訪れる機会は無いだろうと思い、4月20日名古屋公演最終日のチケットを購入した。
もうその頃になると余計な思考を張り巡らかせすぎた結果、全てが疲弊していた。

チケット購入後〜前日

あとは当日を待つのみなのだが、これがまた厄介である。
相変わらずパニックになっていた。頭の中が真っ白に。
当日何時に起きて、何を食べて、何を着て、どんな格好であれば彼を不快にさせないかなどなど。(でもちょっぴり彼の目に留まって欲しいという下心はあった。)
まるで恋人とデート行く時の様だ。

そうこうしているうちに前日になった。
なんと不感で精神が平凡なくらい穏やかであった。
明日が公演当日という実感がないのだ。

公演当日

朝起きたはいいが何も手が付かない。
心臓の鼓動が早い。極度に緊張していた。
前日の穏やかさはどこへやら。

とりあえず歯を磨き、彼に不快感を与えない襟付きのシャツを着て髪をワックスで完璧なまでに整え、会社へ行く時の何万倍と気を使い、家を出た。
会場へは物販開始時間の1時間前には着くよう電車に乗った。
場所は愛知県芸術劇場。行くのは初めてだった。
予定通り会場に到着し、長蛇の列に並ぶなか時間通りに物販が開始した。並んでいる途中でスタッフによる売り切れのお知らせが入る。

スタッフ:ただいまステッカーが売り切れました!

これは悲しい。
せめてと思いTシャツを購入した。

公演開始

スマホの主電源をオフにしスタッフから渡された専用のケースに入れる。
チケット記載の座席へ。なかなか近くて良い席だ。
ホールの構造上、ステージに配置されたマイクから各種楽器や機材は中央に寄り気味だ。
スマホを触る事ができないので何もせずただひたすら待っていた。
緊張が最高潮に達していた。胸も頭もいっぱいで汗が出てきた。
アナウンスと共に照明が落とされた。
その時私は下を見ていた。
急に歓声が聞こえたので咄嗟に顔を上げ、ステージに目をやると彼は既にピアノの前にいた。
大事な登場シーンを見逃した。

彼のライブを観に行った人なら分かると思うが、まず原曲通りに歌わず、演奏しない。
アレンジを練りすぎて原形をとどめていないのだ。
イントロ・冒頭の歌い出し・サビ・メロディラインのいずれかで何の曲か判別する必要がある。
それに代表曲「風に吹かれて」「ライク・ア・ローリング・ストーン」などはまず歌わない。
終了した大阪公演と東京公演、名古屋公演2日目までのセットリストが既に公開されていた。

固定のセットリストかと思えばバンドメンバーとコソコソ話した後に違う曲歌ったりするので観客も気が抜けない。
本公演のセットリストを見る限りではツアータイトルにもなっているアルバム最新作「ラフ&ロウディ・ウェイズ」を中心に80年代に出した曲なども盛り込んだ全体的にバランスの良いセットリストになっている。
個人的に2曲目の「Most Likely You Go Your Way and I'll Go Mine(我が道を征く)」が生で聴けて良かった。

途中、曲が終わった後に観客からの掛け声に応えて軽く笑うというシーンを目のあたりにした。
彼はそういったことをほぼしない。
笑っている時の表情から身振りそぶりまでとにかく一瞬たりとも見逃すまいと彼に釘付けになっていた。
彼は気分上々だったのだろう、曲と曲の合間に観客に向けて何やら話していた。が、うまく聞き取れなかった。
観客に"Thank You!"と言っていたのも当たり前の様で貴重だった。(貴重な様に見えたのは私だけかも)

彼と言えばブルースハープ。
目の前でブルースハープを吹いているのを観る事ができて本当に良かったの一言に尽きる。(語彙力不足)

これは後に知った事だが、16曲目「オンリー・ア・リヴァー」、グレイトフル・デッド関連の曲を披露。
しかも世界で本公演が初お披露目らしい。
私はこの曲を知らなかった。

過去にグレイトフル・デッドと彼のセッションはあったもののグレイトフル・デッド側が彼と曲を合わせるのが困難等という理由で再度コラボするというのは叶わなかった。即興演奏を強みにするグレイトフル・デッドさえ彼の自由奔放さにはついて行けなかったようだ。
彼は乗り気だったらしい。残念。

終演

最後の3、4曲辺りから観客がスタンディングオベーションする様になっていった。
そして全セットリストが終わった頃、彼はピアノの横に立ち、仁王立ちしたかと思えば両手を胸下くらいまであげて「これで満足したでしょ」と言わんばかりのヤレヤレといったポーズをとって直ぐさまステージが暗くなると同時に彼は闇へと消えていった。

終始身体が浮いたような感覚に陥っていた。
これが本当の”夢か現か”。
時空が光陰矢の如く過ぎ去ってしまった。

ただ感じるのは彼が歌うたびに陰から忍び迫る殺気、全細胞とアイデンティティが小刻みに震えるほどのベースとエレキの音色、会場の天井付近に大きな渦ができていたのを感じた。
時折見せるあのローリング・サンダー・レヴューの様なセッション。
全てが新しく、懐かしく感じた。

私は海外アーティストのライブ鑑賞は今回が初めてであった。

帰ろうと思いホールの通路を歩いていたら、前方にどこかで拝見した事のある白髪で若き日の彼の様な髪型の方が歩いていた。
菅野ヘッケル氏であった。
初めて会った。思わず緊張して声も小さくなる。
目と目を合わせて真摯に挨拶した。
そしてCBSソニー入社した事、現在でも世に彼の言葉をヘッケル氏を介して我々に届けてもらえている事、その他諸々に対して感謝の言葉を述べさせてもらった。
ヘッケル氏は「良かったでしょ?」と聞いてきた。
私からはただ一言。
「はい!」
ヘッケル氏は御満悦の表情だった。
一緒にツーショット写真も撮らせて頂いた。
私は撮った写真とこの日の全ての記憶を墓場まで持って行くつもりだ。

”ただの人間”として我が道を征く

2023年5月24日で彼は82歳になる。
時の流れは早い。ついこの間、ソニーミュージック主催の80歳おめでとうキャンペーンがあったところだ。
彼は現在進行形で曲を作っている。
80代で新曲を旺盛に作るアーティストはそう多くはない。
2022年に”和製ボブ・ディラン”と言われていた吉田拓郎氏が本業から足を洗った。そんな拓郎氏は2023年4月5日で77歳になった。
少年老い易く学成り難しである。

1978年2月、日本中に衝撃が走った。
彼の初来日である。
それに併せて記者会見も行われた。
マスコミ嫌いの彼が日本の記者の質問に応えたのだ。

世間ではフォークの神様と呼ばれていますが、それについてはどうお考えですか?
ーーフォークの神様ではありません。
それでは何ですか?
ーーただの人間です。

日本の人に何か言いたい事はありますか?
ーー川の流れを見に来ただけさ

こんな事がサラッと言える人間になりたい。
彼の言葉は短くとも重みがある。

初来日のライブには著名人や業界関係者がこぞって観に行ったと聞いている。
1975〜'76年のゲリラ・ツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」終了後の事である。
恐らくそれを知っていたファンは初来日でもローリング・サンダー・レヴューの様なパンキッシュな感じで魅せてくれると思っていた。
初来日初日のライブに姿を現した彼は全身白のスーツに黒いマフラーをしていた。みんな度肝を抜かれた。
演奏も全く違った。
彼の虜になる要因はそこにある。

フォーエバーヤング

彼への想いは尽きる事なく今まで以上に強くなるばかりである。
デビューして数年後からファンに媚びないスタイルで活動され、今回のライブにてそれを肌で感じる事ができた。

彼とその周りの関係者に対し、誠に感謝申し上げます。
また機会があれば日本へお越し下さい。

Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.
(ああ、だが私はとても年老いていた。そして今、私はあの頃よりずっと若い。)

Album : Another Side of Bob Dylan「My Back Pages」より

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