見出し画像

「本の福袋」番外編 『知識創造企業』 2013年10月

 最近、あちこちで「イノベーション」に関連したテーマの研究会や委員会に参加している。もしかすると世の中でイノベーションがちょっとしたブームになっているのかもしれない。
 イノベーション(innovation)は「技術革新」とか「革新」と訳されることが多い。時には「創造的破壊」と書かれる場合もある。しかし、イノベーションは「新しくする」という意味のinnovateの名詞形であり、技術に限定したものでもなければ、急激な変化だけを意味するものでもない。
 
 イノベーションは徐々に変化していく「漸進的イノベーション(incremental innovation)」と急激に変化する「急新的イノベーション(radical innovation)」に分けられる。あるいは「存続的イノベーション(sustaining innovation)」と「破壊的イノベーション(disruptive innovation)」に分けることもある。ちなみに後者の分類はハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンが1997年に発表した“The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”(邦題は『イノベーションのジレンマ - 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)で提示された分類で、リーダー企業が交代するようなイノベーションであるのかどうかに着目している。
 
 イノベーションが新技術によるものかどうか、あるいは漸進的なものか急進的なものかを問わず、何か新しいアイデアが付加価値を生み社会経済に変化を起こすことがイノベーションである。それはすでに存在している技術の組み合わせでもよいし、新しいビジネスモデルでもよい。スティーブ・ジョブズのような天才的な起業家のひらめきから始まったものもあれば、研究室で偶然生まれた発明からできたもの(たとえば3Mのポストイット)もある。
 
 さて、今回紹介する野中郁次郎先生と竹内弘高先生の著書『知識創造企業』は、ホンダ、シャープ、花王といった日本企業がどのようにイノベーションを生み出してきたかを明らかにしたものである。ただし、そのベースとなっている理論は底が深い。根底には西洋と東洋の哲学の対比がある。西洋における知識は、文書化されており、形式的かつ科学的で曖昧さはない。しかし、東洋における知識は直感的かつ解釈的で曖昧さを持っており、経験によってしか伝えることのできないものがある。前者を「形式知」、後者を「暗黙知」という。この「形式知」と「暗黙知」は相互補完的なものであり、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)という4つのプロセスを繰り返す過程で形式知は暗黙知に、暗黙知は形式知に変換され、組織における知識創造が行われ、そこにイノベーションが生まれるのである。
 もちろん、具体的な方法論にも触れられている。詳細は本を熟読していただきたいが、たとえば様々な才能をもったチームを構成し、濃密な相互作用が起きる場を創ることが重要であると指摘されている。
 
 ここから先はちょっと余談。この本の著者である野中先生と竹内先生は、1986年にHarvard Business Reviewに“The New New Product Development Game”という論文を投稿している。日本企業のベストプラクティスについて研究したもので、今回取り上げた『知識創造企業』の源流とも言える論文である。この論文の中で取り上げられている一つの開発手法が「スクラム」である。スクラムとは、ラグビーチームのように、様々な職種、職能で構成されたチームが新製品開発プロジェクトの期間を通じて一緒に働き、そこで生まれる絶え間ない相互作用の中で開発が進むという開発手法を指す。
 この柔軟で自由度に富む開発手法がソフトウェア開発に応用されたものがアジャイル・ソフトウェア開発で最も広く利用されているスクラム(Scrum)である。つまり、スクラムは日本で生まれた手法でありながら、米国でソフトウェア開発に取り入れられ、いつの間にかアジャイル開発の主流になり、日本に逆輸入されることになった手法なのである。
 もし、知識創造とソフトウェア開発の関連に興味があれば、日本のアジャイル開発の第一人者として知られる平鍋健児氏と野中先生の共著『アジャイル開発とスクラム』(翔泳社、2013年1月)をお薦めしたい。
 
 【今回取り上げた本】
野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年3月、2100円

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?