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「本の福袋」その3 『ナイトホークス』

 好きな作家を発見すると、その作家の作品を片っ端から読んでしまう。昔から基本的に濫読なのだが、中学生時代にエラリー・クイーンにはまってから、時々、特定の作家にのめり込むことがある。村上春樹、丸谷才一、筒井康隆、浅田次郎、J.D.サリンジャー、ディック・フランシス、アガサ・クリスティ、トマス・H. クックなど、数えればきりがない(ただしフランシスとクリスティは著作が多くて、20~30冊付近で挫折している)。
たぶん、特定の作家を読み続けるのは、本好きの人には珍しくないことだと思う。実際、ある調査1によれば、本選びのポイントとして「好きな作家の本を選ぶ」を挙げた人が回答者の57.1%を占め最も多い。
 
 さて、今回取り上げる『ナイトホークス』を書いたマイクル・コナリーも大好きな作家の一人で、翻訳されている小説はほとんどすべて読んでいる。ちなみに、コナリーの作品で最初に読んだ小説は、『エコー・パーク』なのだが、もし、コナリーの小説を読むのであれば、この『ナイトホークス』から読むことをお薦めしたい。理由は簡単で、その方が楽しめるからである。
 『ナイトホークス』は、ロサンゼルス市警の刑事ハリー(ヒエロニムス)・ボッシュを主人公としたハリー・ボッシュ・シリーズの第一作であり、このシリーズは現時点で『ナイトホークス』以外に12冊が翻訳されている。コナリーは、ハリー・ボッシュ・シリーズのほかに、FBI捜査官のテリー・マッケイレブや刑事弁護士ミッキー・ハラーが主人公の小説も発表している。コナリーの小説の一つの特徴は、登場人物がシリーズをまたがって相互に登場している上に、過去の事件が絡んでいることが多い点にある。したがって、コナリーを読むのであれば『ナイトホークス』から発表順に読むことをお薦めしたい。
 
 さて、『ナイトホークス』は、コナリーの処女作なのだが、非常に完成度が高く、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)の1993年度エドガー賞処女長編賞を受賞している。
基本的には事件の謎を解いていくタイプの小説なので内容には触れないが、ベトナム戦争でベトコンを狩り出す『トンネルネズミ』と呼ばれる工作兵を経験したハリー・ボッシュが主人公である。事件は二転三転し、真相は最後まで分からない。情景描写は緻密なのだけれど、その中に重要な手掛かりがあり、伏線となっているのでけっして読み飛ばしてはいけない。ハードボイルドなのだけれど上質なミステリー小説でもある。そんな小説である。
 
 この作品の原題は”The Black Echo”で、ベトコンが掘った地下トンネルの暗闇の中で、「怖がって自分の息がこだまして、びびってしまいそうなくらいに大きく聞こえる」ものだそうだ。
 一方、邦題の「ナイトホークス」は、小説の中に登場する絵画のタイトルである。画家エドワード・ホッパー (1882-1967)の作品で、ニューヨークの街角にあるダイナー(軽食レストラン)を描いている。” nighthawk”には「夜更かしする人」という意味もあるので、たぶん時間は深夜だろう。通りに人影はなく、店の中にいるのは店員と男女のカップルと後ろ姿の男性の4人だけ。ちなみに、この絵はニューヨークではなく、シカゴ美術館にある。
 
 絵の話になったので、ついでに触れておくと、主人公のハリーの本名はヒエロニムス・ボッシュで、ルネサンス期のネーデルラントの画家のヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)(1450頃- 1516)と同じである。このヒエロニムスの絵はハリー・ボッシュ・シリーズの『夜より暗き闇』に登場する。
 
 これもまた余談であるが、シルベスター・スタローンが出演している『ナイトホークス』という映画があるが、この小説とは無関係である。映画は1981年なので、コナリーが処女作を発表する10年ほど前のものである。
さらに脱線すると、マイクル・コナリーの作品には映画化されたものが2つある。両方ともハリー・ボッシュ・シリーズではないが、『わが心臓の痛み』が2002年にクリント・イーストウッドによって『ブラッド・ワーク』(原題:Blood Work)として映画化され、『リンカーン弁護士』が2010年にトミー・リー・ジョーンズによって映画化された。残念ながら『リンカーン弁護士』は日本公開の予定がない。とても残念だ。
 
【今回取り上げた本】
マイクル・コナリー『ナイトホークス』扶桑社ミステリー文庫、1992年10月、(上)680円、(下)660円(原題は、”The Black Echo”)
 
(注)1. アサヒグループホールディングスお客様生活文化研究所(通称「青山ハッピー研究所」)が2009年10月に実施したインターネット調査

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