見出し画像

個展『New Dawn Fades』3.22-4.2(7)

ここ数年ずっとモヤモヤと考えていて、でもあまり言わなかったことがあります。それは写真のアウトプットとしてプリントだけをゴールにしていて良いのか?ということです。

†Walking In My Shoes

視聴環境としてディスプレイが多くを占めるというのは、以前にも書きましたがもう一つ大きな理由があります。

写真の仕上げはディスプレイを見て行います。つまり作者として僕が判断をするのはディスプレイに映し出された画像なのです。もう1番鮮度の高い獲れたての魚みたいなものです。解像度もマックス、色やコントラストもベストな状態です。それを観てもらいたいといつも思っていました。

僕は20年くらい印刷の仕事に関わってきました。DTPオペレーターとして15年、その後ディレクターとして5年くらいでしょうか。後半の10年くらいはレタッチャーとして広告や写真集(レタッチャーのお仕事は何故か人物のご依頼ばかりでした)として、紙やサイズに合わせて様々な工夫をして、より上質な製品となるよう努力をしていました。ですから、けっしてプリントというスタイルが古いとかいう話ではないのです。

むしろ今でもこの紙に刷るなら、サイズはこれくらいで画素数はいくつで、被写体のデータ量は◯pixel × ◯pixelくらいのサイズで撮ればテクスチャが良い感じでイケるなーとか、すぐ考えてしまいます。プリントって少なくともつくるときの考え方は立体作品なんです。

紙肌の凹凸と絵柄の描写を合わせて撮影解像度を設定する
プリントを木枠に水貼り 木枠側面の絵柄も制作する


でもそれとは別に、例えば音楽のアーティストの方々がCDやMP3の音質ではなく、マスタリングクオリティの音質で聴いて欲しいからと高音質な音源をダウンロード販売しているように、僕が「よし!これでOK」と判断したそのままの状態で観てもらいたいという気持ちがずっとありました。

ワガママなんですけどね。それもかなり押し付けがましい類いの。

でもこれから色域やコントラスト比の基準が変わりつつある時代に、ディスプレイとプリントの再現可能な範囲の乖離が進む今、どうやらワガママではすまないといいますか、これはきちんと見識を持って作品制作をしないとマズいのではないかと。わかりやすくディスプレイを着地点にした作品、プリントを着地点とした作品と分けるか、あるいは一つのオリジナルからプリントとディスプレイ用の派生データをつくるか等いろいろ考えました。

Torus †Bone by Pixel (Google Pixel 7 Proというスパートフォンで撮影した作品)

結論なんて出ないんです。何故なら規格(カラープロファイル)自体は策定されても、対応する機器が非常に限られていたり、疑似的に対応させる方法もデバイスごとに異なっていたりするので、プリントのように唯一の正解を設定してそれを目指すという考え方自体が通用しませんから。

そんな現状で写真を見る機会のほとんどがディスプレイという現実が加わると、オリジナルデータのディスプレイ表示という身勝手な欲望もあながち無意味ではないのではないかと思えてきました。

だから今回の個展、写真を発表しているいろいろな方々に特に観て頂けたらと思っています。
SNSでバエまくった写真がプリントしたらパッとしないとか、あるいはその逆とか。そういう経験のある方々に制作データ(制作用のディスプレイ持ち込みます)とプリントを見比べてもらえたらと思います。

丹野 徹 個展『New Dawn Fedes』
会期:3月22日〜4月2日 11:00-19:00 ※土・日・祝日・最終日は17:00まで
場所:靖山画廊(東銀座)

作家在廊(予定)3月22日 ,23日 ,24日 他

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?