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【英国判例紹介】Alcock v South Yorkshire Police ー二次的被害者の精神的損害ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Alcock v South Yorkshire police事件(*1)です。

1989年に起こったヒルズボロの悲劇と呼ばれるサッカースタジアムでの多数の観客の圧死事故に関連するものです。

ヒルズボロの悲劇は、イギリスのスポーツ史における重要性もさることながら、これに端を発した今回の事件は不法行為(tort)における精神的損害の賠償に関する支配的ケースの一つとされています。

キーワードは二次的被害者です。
日本の不法行為には無い概念だと思いますので、よければ読んでください。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

ヒルズボロの悲劇

※ ここでは、本当に概要だけを説明します。事故の詳細については、GurdianのYoutubeが分かりやすいです。また、日本語での無料の読み物としては、こちらのWikipediaの記事も詳しいです。

1989年4月15日、ヒルズボロ・スタジアムで行われたノッティンガム・フォレスト対リバプールのFAカップ準決勝で、事件は起こりました。

キックオフ30分前となり、ノッティンガム・フォレストのサポーターのほとんどが席に着いていた一方で、リヴァプールのサポーターのために確保された立ち見エリア(スタジアムのレピングス・レーンの端)への入場が進まず、2,000人以上のリバプール・サポーターがレーン入口の改札口の前で滞留していました。

午後2時45分には、入場者は5,000人以上に膨れ上がり、回転式のバーを回して一人一人が入場するタイプの改札口は事実上通行が不可能となっていました。

午後2時52分、警備にあたっていたサウス・ヨークシャー警察(被告)の指示により、外壁のとあるゲートが開けられます。これにより、試合を見ようと躍起になっている数千人のサポーターが、スタジアムになだれ込みます。

この頃の立ち見エリアは、フーリガン対策の一環で鉄柵で囲まれたペン(家畜の檻という意味だそうです。)と呼ばれる区画に分けられていました。多くのサポーターは、入り口からまっすぐ進んだところにある特定のペンに流れ込み、狭いエリアにすし詰めとなって、前方の観客を押しつぶしてしまうことにます。

午後2時54分に、各チームがピッチに姿を現した頃には、阿鼻叫喚の状態となっていました。そして、試合開始6分後の午後3時6分、警察は試合の中止を命じます。

そこから救助活動が始まり、午後4時50分にはグラウンドからの撤収が完了しますが、捨てられた衣服やプログラムが散乱していたといいます。

その後の調査で、ペンの前方にいた観客を中心に96人が死亡し、400人が負傷したことが明らかになりました。

法廷紛争へ

被害者の祖父母、友人、配偶者、兄弟姉妹、婚約者たち(原告)は、ヒルズボロの悲劇で大切な人を亡くすという悲劇的な場面に遭遇したために精神的ダメージを被ったとして、サウス・ヨークシャー警察に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求します。

一審、控訴審を経て、事件は最高裁へと持ち込まれます。

争点:二次的被害者の精神的損害の賠償

一次的被害者と二次的被害者

英国の不法行為法では、精神的損害の賠償について、一次的被害者(primary victim)と二次的被害者(secondary victim)を区別します。

交通事故を例にとると、一次的被害者とは交通事故に巻き込まれた人、二次的被害者とは他人が巻き込まれた交通事故を目撃した人、という説明が可能かと思います。何を以って本人が巻き込まれたというのか、線引きは難しく、この二分論には批判も多いですが、現在もこの区別は維持されていると解されています。

まず、一次的被害者の場合は、実際の身体的障害、又は、身体的安全に対する危険の合理的な危惧に起因する精神的損害について、賠償請求が認められることに争いはありません(*2)。

他方で、二次的被害者の場合は、一次的被害者と同様には賠償請求が認められていません。本件の原告たちも二次被害者でした。

原告たちはどのように悲劇を目撃したのか

FAカップはイギリス国内でも注目を争う試合で、この試合もBBCによるテレビ放送が行われていました。そのため、ヒルズボロの悲劇は、生中継を通じて数百万人に目撃されたと言われています。

原告の中には、(i)事件発生当時にスタジアムの中やすぐ外にいた人、(ii)後からスタジアムに到着した人以外にも、(iii)テレビ放送を通じて悲劇を目撃した人がいました。また、(iv)後からテレビの録画で悲劇を見た原告もいました。

二次的被害者のうち、賠償請求が認められるのは、どのようにヒルズボロの悲劇に直面・目撃した人なのか。本件ではこれが争点になったのです。

一審では、(i)及び(iii)、つまり、スタジアムの中及びすぐ外にいた者、並びに、テレビで生中継を見ていた者に限定して、損害賠償が請求できると判断されました。しかし、控訴審では、全ての原告の請求を退けています。

裁判所の判断

裁判所は、原告の訴えを棄却しました。
つまり、上記(i)~(iv)のどの原告についても、損害賠償請求が認められませんでした。

本件の判決では、損害が合理的に予見可能であり、第一次被害者と第二次被害者との関係が十分に近接している必要があると判示されました。

本件の判示は、後の事件で詳細に分析されて、アルコック・コントロールメカニズムと呼ばれるガイダンスとなります。

二次的被害者の精神的損害の賠償が認められるための要素
① 原告と一次的被害者の間に夫婦関係又は親子関係があり、密接な愛情関係があること
② 原告が事故現場に自ら立ち会ったか、すぐ近くにいて、直後にその余波を目撃したこと(場所的近接性)
③ 事故と原告の認識との間の密接な時間的関連性
④ 精神的損害が、原告の神経系に対する突然の予期せぬ衝撃から生じたものであること
⑤ 精神的損害が、一次的被害者の死亡、極度の危険又は傷害を目撃したことから生じたこと

もっとも、以下で述べるように、二次的被害者の精神的損害については、その後の判例の進展もあり、議論が複雑になっています。

上記の要素について、必ずしもすべてが満たされている必要はないというのが、ぼくの私見です。

考察

密接な愛情関係のある親子か夫婦でなければダメなのか

上記①の要素に関して、実は、裁判所は、精神的損害が認められる場合を親子か夫婦関係にあることを明確に限定してはいません。後々の裁判所の分析により、そのようなリスト化が確立されたと言われています。

この①の要素についてさらに言うと、「密接な愛情関係」の要素も、この有無について訴訟当事者が争うと考えるとグロテスクですよね。そのため、批判も大きいです。

救助者は一次的被害者か

伝統的には、裁判所は、事故で負傷した人を救助する者を好意的に扱ってきました。これは、自らの過失により事故を引き起こした加害者にとって、その事故の被害者を救おうとした救助者が危険にさらされることは予見可能であることを理由とします。

しかし、本件とは別件で、ヒルズボロの悲劇の際に警備を担当していた者を含む警官3名がPTSDを患ったことについての損害賠償をサウスヨークシャー警察に対して求めた事件(*3)で、たとえ救助者であっても、一次的被害者でなく、アルコック・コントロールメカニズムに基づき二次的被害者とも言えない場合には、損害賠償請求は認められないと判示されました。

まとめ

今回は、二次的被害者による精神的損害を理由とする賠償請求に関するリーディングケースを紹介しました。

次のとおり、まとめてみます。

・ 英国法では、一次的被害者と二次的被害者の間で、精神的損害の賠償が認められる範囲が異なる
・ 二次的被害者については、損害が合理的に予見可能であり、第一次被害者と第二次被害者との関係が十分に近接している必要がある
・ より詳細な考慮要素としてアルコック・コントロールメカニズムと呼ばれるガイダンスがある

お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Alcock and Others Appellants v Chief Constable of South Yorkshire Police Respondent [1992] 1 A.C. 310
*2 Dulieu v White [1901]
*3 White v Chief Constable of South Yorkshire Police [1999] 2 AC 455


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