見出し画像

コンサルやめるってよ。①~導入編〜

乗り物大好きです。
四年ちょい勤めた外資系コンサルを辞めるのでせっかくだから文字に起こしてみようと考えてみました。

これまでのキャリア


工学部機械工学専攻の修士を修了し、自動搬送系のメーカーで機械設計/開発、フィールドエンジニアとしてキャリアを始めました。
当時住んでいた環境があまりにも田舎すぎて辛くなってきたということ、災害が起きた時に生死に関わるリスクがあるところで生涯を過ごすのは考えにくかったため思い切って転職して関東に行ってみようと考えた。
趣味のDJやLiveに行きやすいこと、何か起きても確実に復興される街に住みたいというのが動機だ。
機械設計では都内で職が殆どなかったため
当時乗っていた愛車を維持するにはそれなりの高待遇を求めていた結果、セールスエンジニア/コンサルという職に就いてみようと行動を起こした。
結果としては日系商社と外資コンサルに内定をいただき
結果的に20代でチャレンジングなほうのコンサルに進んだ。
メーカー時代はエース級だった自分は自信が少なからずあったのだ。

コンサルを4年少々やってみて

結論から言うと自分には荷が重すぎた。
Fラン工学部の修士ごときが日本を代表する国公立大や海外の大学を出てきたやつ、帰国子女といったバリキャリになる人材とは全く歯が立たなかった。
1年目の半年間で配属されたチームでパフォーマンスが発揮できず
当時のシニアマネージャーから「辞めたら?」と言われるほどのレベルだった。
今思えば強烈なパワハラを受けていたが当時の自分は自分が悪いととても思い込んでいた。
しばらくavailableという案件に何も入ってない状態で経て別のパートナーと言われる役員に相談したところスキルをつけてみようとBIツールを開発する案件にアサインされ苦戦しながらも0からスタートでもコーディングから実装までやり切ることができた。(連日徹夜はしていた)

コンサルやめるってよ②の予告

ある程度仕事ができるようになってきたが、コロナ禍となり各社採用を絞るような状況になり辞めるに辞めれなくなりしばらく会社にしがみつくことにした。
コロナ禍となっては自身の所属する業界の案件が停滞のため他の業界の案件にもアサインされることになった。
この辺りで確実に自身の所属する組織との疎外感が強くなり帰属意識を日々失っていたが転職には踏み切れない状態であった。

②につづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?