見出し画像

寅さんは、学校で楽しくお勉強…『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』(1980年12月27日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年9月30日(土)「土曜は寅さん!4Kでらっくす」(BS テレ東)で第26作『寅次郎かもめ歌』放映! 拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)から、放映作品を抜粋してご紹介します。(期間限定)

 昭和五十五(一九八〇)年末に公開された『寅次郎かもめ歌』と同時上映の前田陽一監督の『土佐の一本釣り』は、それまで「寅さん映画」とは縁遠かった若者たちで映画館が満員でした。

 その一年半前、「普通の女の子に戻りたい」と解散、引退したキャンディーズの蘭ちゃんこと伊藤蘭さんが「寅さん」に、スーちゃんこと田中好子さんが併映作にそれぞれ出演。強力な二本立となりました。公開初日の新宿松竹には、渥美清さん、山田洋次監督、そして伊藤蘭さん、『土佐の一本釣り』の主演・加藤純平さんが駆けつけ、舞台挨拶をしました。高校二年のぼくは、キャンディーズファンでもあり、寅さんファンでもありましたから、幸福なひとときでした。

イラスト・近藤こうじ

 この『寅次郎かもめ歌』で、さくら夫婦は、あちこちに借金をして、念願のマイホームを手に入れます。柴又に帰って来た寅さんは、さくらに案内され、二階の満男の部屋の隣が「お兄ちゃんの部屋よ」と聞いて感動します。さくらに「お前、一番欲しいものは何だ」と尋ねると「そうねぇ、お金かな。」寅さんは可愛い妹のために、ご祝儀を奮発しますが、それが騒動の発端となり、また旅の人となります。

 さて伊藤蘭さんが演じたのは、北海道は奥尻島の女の子、水島すみれ。寅さんのテキヤ仲間で、博打が三度の飯よりも好きだったシッピンの常の一人娘です。破天荒な夫に愛想をつかした母は、すみれが幼い頃家を出て、父娘の暮らしが長く続いていました。北海道にバイに来ていた寅さんは、テキヤ仲間から、常の死を聞かされ、線香を手向けに奥尻へ渡ります。

 家を建てた妹のための「祝儀」、そして酒と博打で死んだ仲間のための「不祝儀」、寅さんは、立て続けに祝儀と不祝儀に関わります。

 さて、奥尻で尋ねた常のひとり娘・すみれは、函館の高校を中退して、故郷でイカの加工場に勤めています。寅さんはすみれから「東京で働きながら学校へ行きたいの」と聞き、ひと肌脱ぎます。

 やがてすみれは、とらやに下宿をしながら、昼は社長の世話で立石のセブンイレブンに勤め、夜は定時制高校に通うことになります。寅さんは保護者として、毎日すみれに付き添って登校、先生や生徒たちと顔なじみに。そこで寅さんが中学中退したときの経緯を、教室で面白おかしく話す「アリア」となるのです。

 元キャンディーズの伊藤蘭さんをマドンナに迎えて、どんな華やかな物語になるのか、と思っていた高校生のぼくは、この映画の「ある種の暗さ」に戸惑いました。しかし、その「暗さ」こそが、山田監督の問題定義であり、この作品のテーマだと、次第に理解しました。

 さくらは家のローン、満男の教育費など、幸福な暮らしのためにお金が必要です。それは、従業員の生活一切が肩にのしかかっているタコ社長とて同じ。寅さんは、さくらの祝儀のために、小金持ちの源ちゃんから借金をします。

 おいちゃんが店を抵当に入れて借金をして、さくらの家の頭金を作りました。お金には困っているけど、皆で支え合って生きているのです。一方、借金までして博打にうつつを抜かして家庭を壊してしまった常の娘・すみれは「働きながら学校に行きたい」という夢を、寅さんや家族の協力で実現します。

 そうした「向上心」「向学心」を受け止めてくれる定時制高校が舞台となります。この頃、山田洋次監督は、この定時制高校をテーマにした映画『学校』の企画をあたためていました。このテーマの社会性は、当時、娯楽映画にはヘビーな題材でした。遅々として企画が進まぬなか「ならば寅さんで」との監督の判断は正解でした。

 社会からドロップアウトしたアウトローの寅さんと定時制高校。一見ミスマッチの題材を、蘭ちゃんがマドンナであることで、口当たり良くテーマを観客に提示。丁寧な描写、台詞の一つ一つに、当時の「定時制」が直面している現実が、わかるようになっているのです。これが山田監督のうまさです。

 学校の林先生には、第六作『純情篇』で助平な山下医師に扮し、第九作『柴又慕情』から第十三作『寅次郎恋やつれ』まで二代目おいちゃんを演じた松村達雄さん。この林先生のキャラクターが秀逸です。さまざまな問題を抱えて教育を受けることができなかった人々に、もう一度、勉強する場を提供する。教育者としての責務と誇り。林先生から、それが伝わってきます。

 すみれのクラスには、さまざまな生徒がいます。ヤンキーのような青年、中年の生徒には第十八作『寅次郎純情詩集』で別所温泉の警察で渡辺巡査を演じていた梅津栄さん。デビュー間もない田中美佐子(当時は美佐)さん、「超人バロム1」など子供番組でおなじみだった高野浩幸さん、後にタイトルバックの寸劇でおなじみとなる光石研さんの姿もあります。

 そこへ寅さんがやってくるわけですから、こんな楽しい空間はありません。高校の同級生と蘭ちゃん、スーちゃん目当てに二本立てを観に行ったぼくにとっても、この作品は忘れがたい一本となりました。

 山田監督は、この『寅次郎かもめ歌』で取組んだテーマで、十三年後の平成五(一九九三)年、念願の『学校』を実現させます。

 西田敏行さん扮する夜間中学の教師・黒井先生の奮闘ぶりを感動的に描いたこの作品には、渥美清さんが八百屋のオヤジで特別出演してます。「学校」はシリーズ化され、養護学校、職業訓練校、不登校の少年と、さまざまなテーマを提示して、山田監督のもう一つの代表作となりました。

 さて、すみれの付き添いで通ってるうちに学校がすっかり気に入った寅さん、内緒で願書を出していたのです。残念ながら、それは却下となります。その理由は「中学中退」という苦いもの。それが寅さんのコンプレックスだったかはわかりません。

 ただ、寅さんは向学心のある人、向上心のある人に対して、常に協力を惜しみません。寅さん映画の魅力であり「インテリと寅さん」の組み合わせの妙の秘密も、そんなところにあるのかもしれません。

この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。



よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。