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透明なシャッター

福岡を拠点に活動しているウクレレ弾きがいる。
zerokichiさん。
美学がある人だ。

楽器はもとより、持ち物にも強いこだわりがある。
博多のお洒落番長というアダ名もあるらしい。

一見するとクールだが、義理人情に厚く、繋がりを大事にする。
一旦話し出すと長く、思い入れがあると熱も篭る。

しかし人に余計なことは決して言わない。
距離の取り方も心得ている。

そのためか何を考えているかわからない、と思う人もいるだろう。
そんな人に向けて贈りたいエピソードがある。

話はこうだ。

私とzerokichiさんがとあるお店でライブをした時のこと。

その日は席がほぼ埋まっていた。
前日予約が入った席もあって、ライブ前には皆、料理に舌鼓を打っていた。

予約客にオーナーはこう伝えたという。

「今日は音楽があるんです。チャージが発生するんです」

お客様は「全然構わないよ。払うよ」と言ってくださった。
皆、音楽を楽しみに来てくれたんだと、胸が熱くなった。

さて開演の時間になった。

zerokichiさんが一人でステージに向かい、マイクのスイッチを入れる。

店内にウクレレの音が響く。
しかし、誰も喋るのをやめない。

あれ、様子が変だぞ、とzerokichiさんも私も思った。

zerokichiさんはわざと強くウクレレを弾いた。
少し静かになったが、喋りが収まる様子はない。

zerokichiさんはわざと静かに弾き始めた。
騒がしい時は意外と静かにする方が効果的だったりする。

しかし、喋るのは収まらない。

こんなことは初めてだ。
みんなチャージを払ってるのに聴く気がないのだろうか。2500円だぞ?

その内zerokichiさんは1曲弾き終えてしまった。
まばらな拍手と騒々しい話し声が店内を包んでいた。

事の深刻さに気づいたのはこの頃だった。
お客さんの多くは、私たちの音楽をBGMだと思って来店しているのだ。

これは困った。

中には演奏を聴きたい、という人もいるだろう。
そんな人にしっかり聴いてもらうにはどうしたらいいか。

「静かにしてください」

こういうのは簡単だが、負けな気がする。

zerokichiさんもそう思ったのだろう。
敢えて客に注意せず、表情も変えず、淡々と数曲弾き続けた。

やがて、店内は拍手もおきなくなってきた。
聴く目的で来店したであろうお客さんも、諦めて同行者と話し始めた。
ステージ崩壊の危機。

そんな中、私がカンフル剤としてステージに呼ばれた。
今日はタフな日になりそうですね、とお互い目配せした。

そして演奏が始まった。

太鼓のアグレッシブなリズムで多少注意は引けた。
が、やはり静かに聴かせるほどには至らなかった。

私はステージで思わず言った。

「今日は来てくださってありがとうございます。でも、皆さん聴いてくださってないのに、なんかお金をもらうのが悪い気がして来ました」

ギリギリだ。というか、ほぼアウトだ。

状況によっては静まり返る皮肉だろう。
しかし客たちは音楽を聴いていない上、トークにもあまり耳を傾けていないから、スルーされてしまった。

そうしてステージは後2曲というところまで来てしまった。

最後に私は諦めて言った。

「あと2曲となりました。次の歌は静かな歌なので、どうか皆さんにも静かに聴いてもらいたいです」

言ってしまった。
負けを覚悟した。
どうせ負け戦なら、最後は形作りをしたい。

そう言った瞬間、皆が静まり返った。

私は、ゆっくり歌い始めた。
しかし歌い始めた直後、奥の席のグループが再び話し始めた。

惨敗だった。
音楽の力が足りなかったのだろうか。
客の最低限のマナーを信じすぎたのだろうか。

打ちひしがれて、カウンターに陣取り酒を飲み始めた。
オーナーが申し訳なさそうに詫びを入れてくれた。
顔や心は平静を保つように努めていた。
が、次の瞬間にそれは訪れた。

特に喋っていた2つのグループあった。
それぞれの代表がお会計をしたあと、謝りにきたのだ。

「うるさくしてごめんなさい」

その謝罪を、私は受け入れられなかった。
謝るくらいなら、なんで静かに音楽を聞けないのだ。
どうせなら謝らずにしれっと立ち去って欲しかった。

謝罪に耳も貸さず、顔も見れない私はただ黙っていた。

だが、zerokichiさんは笑顔で

「ありがとうございました。またぜひ~」

と彼らを送り出した。

彼らが去った後、私はzerokichiさんに言った。

「凄いですね、zerokichiさん。僕は心のシャッターが降りていて、何も言えなかったです」

zerokichiさんは涼しげに言った。

「私も降りてましたよ、シャッター。ただ、透明なだけです」

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