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MBAの真価

MBAには、まだ行く価値があるのか?MBAのエンロールメントが最近低下してきており、オンラインMBAなどプロセスが多様化する中で、MBAの価値を改めて評価する必要があるのではないか、という記事がウォールストリートジャーナル電子版に最近掲載された。

Is an M.B.A. Still Valuable? Under the Right Circumstances, Say WSJ Readers

MBAの価値について総論的に取り扱った研究というのは数多くなされていると思うのだが、ここでは、私個人の経験をここで少し開陳したいと思う。そのうえで私の結論は、

私の場合、MBAホルダーであるというステータスを、今のところは効率的に活用できていると考えている。

というものである。ここでは、そう思う理由について説明してゆきたいと思う。「私の場合」というときには、これは、

獣医師、医学博士であり、もともとは研究者であったが、MBAを修了後、大手製薬企業を42の歳で辞めて、フリーランスのコンサルタントとして独立起業し、主に海外の顧客に対して、高度に専門化された日本の医薬品市場分析に関するコンサルティングサービスを提供している

という私の場合の、MBAホルダーであることのインプリケーションについて話そうとしている。

コストについて

私は米国シカゴ大学のBooth School of BusinessのEMBAコースに2012年6月から2014年3月まで在籍した。シカゴ大学のMBAはハーバードやスタンフォード、MITやウォートンなどと並んで米国のトップ・ビジネス・スクールの一つで、各種ランキングでも常に上位に位置づけられており、例えば2018年のエコノミスト誌のMBAランキングでは2年ぶりに首位に返り咲いている。

このEMBAのコースは会社に在籍したままで受講することができるというのが特徴で、シカゴに住んでいた最初の2クォーターは隔週金曜日と土曜日の連日学校に通い、講義を受けるというスタイル、東京に戻ってきての後半の5クォーターは平均すると6週間に1回、丸一週間シンガポールで過ごすというスタイルであった(現在、アジアキャンパスは香港に移転されている)。仕事をしながらなのでもちろんかなりタフである。重要なことは、このスタイルのEMBAコースであっても、卒業証明には「シカゴ大学のMBA」と記載されるということである。「EMBA」ではない。つまりフルタイムのMBAと差がないグレードですよ、というのが売りなのである。そういう意味で、フルタイムと違ってまずキャリアを一度断ち、2年間という時間を教育だけに費やさなければならないという意味での機会損失がないコース設計になっている。

一方で、金銭的負担はかなり大きいと言わざるを得ない。自分がいくら払っていたのか改めて調べてみると、当時は1クォーターの受講料が28,279シンガポールドルだった。今のレートで日本円に換算すると224万円になり、これが7クォーターあるわけので合計で1567万円。それにシンガポールや他のキャンパスまでの旅費交通費・宿泊費なんかを合わせると、やっぱり2千万円以上かかりました。今は当時と比べてもさらに高くなっているはずである。

Honorsについて

私の場合は、たまたま最初の3クォーターでA+が1つ、Aが3つ、A-が二つ、そして半コマ分の単位でBが一つと、かなりスタートダッシュが効いたこともあって、途中からはかなり本気で上位成績優秀者を狙いに行き、最終的にはトップ20%に与えられる「Honors」を、幸運にも得ることができた。筆記のテストやレポートだけでなく、授業中の態度、例えば積極的に質問し、議論を牽引するというようなことも成績の評価に含まれるため、当時はまだ拙かった英語を頑張って使いこなそうとしたことを覚えていて、これは後々の自信につながっていると思う。

考えてみれば、最初に入った大学である一橋大学では前期の単位が足りなくて残留するという憂き目にあっているわけで、そこからしてみると大いに進歩したと言えるだろう。

英語について

日本人のビジネスパースンに決定的に足りないものの一つは英語である。言語の壁、分化の壁。そういうものが日本のビジネスの国際化を妨げている。そのような中で、ビジネススクールは私にとって、英語での討論の訓練の場を与えてくれたと言える。もう少しいうと私はMBAの場を、我々英語が苦手な日本人が本気を出して頑張って英語を使い、失敗しても許容される最後のチャンスとしてとらえていた。性格としてはどちらかと言えば引っ込み思案の私だが、「これだけ金を払っているんだから、このチャンスは逃せない」と思い(ライザップ効果ですね)、一回の講義で最低でも一回は挙手して質問することを自分に課していた。

シカゴ大学のMBAを持っていることによって、海外顧客にシグナルされるのは、少なくともこいつはまともに英語が喋れるだろうという期待である。まともに英語が喋れるとは、すなわちビジネスの言語でのやり取りができ、ストレスなく意思疎通ができるはずだと信じさせることで、恥ずかしながら我々日本人の彼らにおける認識とはまだまだその程度なのである。

アカデミズム

学問については私固有の問題だと思うのだが、実際には研究者としてのキャリアを積み、どちらかと言えば理系である私にとって、ミクロ経済学や行動学などのソフトサイエンス、社会科学の勉強は私の強みに対して補完的に働いたと思う。もっとも、かつて文系の単科大学である一橋法学部を出て、一年間上場企業の経理部門に勤めたことがあるというわずかなとっかかりがあったことも、すんなりと入ってゆくことができた原因の一つではあるだろう(私の中では一橋は「大学」ではなく、「専門学校」に近いのではないかとさえ思っている)。

とにかく、講義は面白いし、教授陣の教え方もうまい。EMBAは我々のような研究者や、医者のような人間も含めて非常に多様なバックグラウンドを持った学生が一堂に会している場であるが、経済や会計分野についてもすでに多くの経験を積んでいるようなビジネスパーソンでも十分に楽しめる内容でありながら、我々のようなどちらかと言えば素人にも理解しやすいように、よくデザインされている講義だったと思う。

ネットワーク

確かにネットワークというのはMBAの一つの売りではあると思う。だが、あまり社交的な性格でない私は、そのネットワークを最大限に生かしているとまでは言えないと思う。世界中に元クラスメートがいるので、海外出張の時には楽しいというのはあると思うが、少なくとも私の場合はここから直接ビジネス上の利益を得ているとまでは言い切れない。これはまさに人によって、ビジネスの性質によって違うところだとは思う。

それでも、先日はとうとうシカゴ大学の集まりで交換した名刺から具体的なビジネス案件につながったということを経験したので、もちろん何が起こるかはわからない。もっとも、この辺は私にとってはアップサイドというか、あったらあったでいいですね、といったようなところである。

シグナリング

先ほども少し書いたが、シカゴ大学のMBAというステータスの持つ力のうちで私のビジネスに最も強く関連している部分は何であるかと問われれば、それは「私がまともにビジネスの話ができる人間です」ということをシグナルできる力であるということに尽きる。どこの馬の骨ともわからないような個人のコンサルタントを、最初からある程度信頼してもらうためには、そういう何かが必要なのである。

私と会ってみてもいいかもしれないと考えるような海外の企業の置かれている状況は、例えば投資家などに「日本進出について検討してみたらどうか」と迫られている状況なのではないかと想像できる。しかし、そもそも日本のことは何も知らないし、だれに頼めばいいのかも全く分からない。そんな中で調べてみるとどうやらe-Projectionというのがいるらしい。代表の長手のレジュメを見ると、アメリカで仕事をしたことがあり、しかもトップ校であるシカゴ大学のMBAをHonorをもって卒業しているというのは、少なくとも話を聞いてやってもいいかもしれないなと思ってもらえる確率が少しは上がりそうである。これが一橋卒というだけでは難しいだろう。「こいつそもそも英語話せるんかいな」ということになる。相手の貴重な時間を使って会ってやろうという気持ちになってもらえるかどうか。そのきっかけとして、シカゴ大学のMBAは、今のところ非常に効果的である。

終わりに

私の想像になるが、MBAが会社の中で、特に日本の会社の中で生かされる機会というのは限定的なのではないかと思われる。会社の中にいれば、会社が公信力を担保してくれる分、MBAの公信力には重複がある。MBAの公信力が一番生きるのは独立起業するケースだろう。さらには、もともとは別分野、特に理系出身者にとっては効率的にケイパビリティを伸ばすことができる機会を提供する可能性があるのではないだろうか。大きな投資であるだけに、ROIについて考えることは極めて重要である。会社に定年までいたいと思うのであれば、必要ないのではないかと思う。

逆に、独立起業して、海外、特にアメリカを相手にビジネスをしたいと思うのであれば、これは非常に有効なステータスなのではないかと思う。日本と海外との間には言語的文化的障壁がある。つまり、そこを乗り越えることができる人にとっては、それは大きなビジネスチャンスなのである。後は、こいつは他の日本人と違うんだということを顧客にあらかじめわかってもらう必要があって、それを最も効率よく表現できるのがMBAであると思う。

ただし、特に日本人の場合は中途半端なMBAではダメだと思う。十分なステータスのある、それだけで「こいつとビジネスをしてみたい」「こいつはフリーランスだがいかにも実力がありそうだ」「こいつは他の奴とは違う」と思わせしめるだけのステータスが示せるようなビジネススクールでなければならないのではないか。米国の上位校、ハーバード、スタンフォード、MIT、ウォートン、ケロッグ、そしてブースぐらいまでだろうか。これ以下であればむしろ行かないほうがいいのかもしれないとさえ思う。

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