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4.1 蚤の市とスペインの鍵

早朝6時頃だろうか...。いつもはまだまだ熟睡中の時間だが、別の部屋から聞こえてくる猫の声で起こされた。

このホテルは経営者もいい感じの人だし水も十分に出る値段以上の満足な宿である。
しかし謎な点が2つあり、1つは部屋についている唯一の窓を開けると外ではなく廊下という不思議な間取りのため、外を眺める窓は存在しない。
もう1つは異常に壁が薄く、ベニア板で仕切っているのではないかと思うほど隣の音がよく聞こえることだ。そのせいか猫の鳴き声すらもよく聞こえた。 

「...猫?」

猫と一緒に旅行している旅人がいるのか?それとも実は猫が住み着いている宿なのか...。

ベッドから飛び起きて窓を開けて廊下をチェックしてみると、廊下中に猫の声が鳴り響いていた。

どこかから迷い込んできた猫が外に出たくて助けを求めているのだろうか...。

数分後、寝ぼけていた頭からようやく目が冷めてきて気がついたが、どうやら別の部屋のカップルが朝から愛し合う声だったらしい。

さすが壁の薄いホテル...。

そんな早朝の出来事で目が覚めてしまったので、いつもより早めに服を着替えて部屋を出る準備をした。
以前、早朝に蚤の市をやっている広場があるという噂を聞いていたのでそこに行ってみようと思った。
早起きするのは珍しいのでこの機会を逃すといつ行けるか分からない。 

着替えて部屋を出ると、ちょうど受付に欧米系の男女のカップルがいて、チェックアウトするところだった。
今朝の鳴き声の主はこの二人の可能性が極めて高いな、などと思いつつホテルを出発。

メトロを乗り継ぎ10分、蚤の市の会場「Els Encants Vells」に到着。
日本でいうフリーマーケットみたいなものかと思っていたが店舗の数と品揃えの豊富さに驚愕した。
日常生活で必要なものはほぼ全部そろっているんじゃないかと思えるラインナップ。

食器類、洗面用具、メガネ、ラジオ、パソコン、服、下着、ベッド、タンス、机、イス、靴、時計、 、本、金物、等々、大きい物は家具、自転車など、すべて骨董品だが本当に何でも売っているという感じだった。そういえば中央の辺りにバルとATMもあった。

しかし貧乏人の自分は2時間くらい見学したものの、歩き疲れた末に何も買うことなく手ぶらで帰宅...。 

ホテルに戻り昨日買ったパンをかじりつつシエスタ。

横になって日記を書いていると、昨日ロビーですれ違った日本人らしき人が部屋に訪ねてきた。大きな荷物を持っていたあの人である。

すれ違ったじぶんを覚えていてくれていて、日本人らしかったとのことでわざわざ挨拶に来てくれたらしい。
名前は黒田さんという方で、大阪出身、額縁を作る仕事をしていたが、会社の先行きが怪しくなってきたため退職。夢だったギター作りの勉強をするためにスペインに来ているらしい。おそらく自分より少し年上の24~25歳くらいの見た目。

黒田さんはとにかくよく喋る人で、その上話がおもしろい。さらにこの薄壁のホテルの宿泊者全員に聞こえているんじゃなかと心配してしまうくらい声が大きく、他の部屋に日本人がいたら話に加わりたくなるのではと思うほど大きな声で面白い話をしてくれた。

しばらく楽しく会話をしていると、唐突に

「スペインの安宿のな、鍵が怪しいと思うてるんよ。」

と言い出した。

「鍵が怪しい...??どういうこと?」

なんのことか聞いてみると、こういった安ホテルは工事費用を安く上げるために、全室同じ鍵穴の可能性があるのではないかとのこと。 

その証拠に、別の安ホテルに泊まっていた時、黒田さんが鍵を無くしてしまい主人が予備の鍵を貸してくれたそうだが、鍵が大量に入った箱から無作為にひとつ取り出して渡してくれ、その鍵で部屋のドアが普通に開いたらしい。

「まさかー!?いくらなんでもそんなことありえないでしょう。」

と言いつつ、自分の部屋の鍵と黒田さんの部屋の鍵を重ね合わせてみると...。

なんと見事に一致!
実際に自分の鍵で黒田さんの部屋が開いた。

これは、盲点というか常識外というか...、セキュリティ上は大問題なのは間違いないが、まさか自分の鍵で隣の部屋が開けられるなんて考えたこともなかった。
たまに聞くホテルの部屋での盗難事件はメイドさんが犯人という場合がほとんどだと思っていたが、もしかするとこのことを知っている旅行者が別の部屋に忍び込んで...、ということもあるのかもしれない。

安宿の恐ろしい事実を知ってしまった。 

そういえばスペインでは昔...、

深夜に家に入れない人の為に鍵開け師的な職業の人がいて(正式名称は不明)、直径1m程の鉄のリングに数百の鍵を付けたものを持ってシャンシャン鳴らしながら深夜の街を徘徊していたという話を聞いたことがある。
「鍵」というもの自体の概念が日本と少し違うのかもしれない。いや、概念というほどのことでもなく、ただ単に鍵の構造が日本ほど精密ではないので信用度が低いという感じだろうか。

だとしたらこれもスペインの文化だと理解し「業に入れば業に従え」で深くは考えないことにしよう。気にし出したら毎晩眠れなくなりそうだ。

そんな面白い雑談などで腹筋が痛くなり始めた頃、夕食を一緒に食べようということになり黒田さんと一緒に外に出た。自分はバルに行きたかったが彼はお酒が飲めないということなので、食事だけして明日街を散策する約束をして別れた。

それにしても黒田さんは行動力があってエネルギーが伝わってくる素敵な人だなと思った。やる気と行動力って力を産むんだなということを実感。

自分も早くやりたいことを見つけて行動に移さなければ。

本日の出費

夕食 600Pts
回数券 740Pts

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