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【短編小説】「怒り」を無くす技術

「これから、国政関係課題検討ミーティングを開催する」

予定開始時間朝6時。漆間首相がミーティングの開催を宣言した。

「国政関係課題検討ミーティング」、通称「国検」。最上級政府関係者が出席するような名前には感じられないこの会議。表向きは各省庁の課長補佐クラスが情報交換するための会議ということになっている。しかし、それはあくまでも看板に過ぎない。実際は、日本のあらゆる政策を実質的に決める会議である。この会議には、一般行政の情報はもちろん、警察、外交、安全保障、皇室など秘匿性の高い情報もすべてこの会議に集められる。集められた情報は、首相を含め内閣の一部、有力官庁から派遣されている官僚が共有し、日本にとって重大な問題の意思決定を行うのだ。

国検は、国会、内閣及び行政での通常の意思決定にはあまりにも時間がかかりすぎることを憂いた漆間首相が、圧倒的な国民人気を背景にした剛腕で作り上げた。

今日の国検は、内閣情報局長の要請で緊急に開催されたものだった。

「内閣情報局長。今日の議題を説明してくれ。私もまだ詳しいことは知らないんだ」

内閣情報局(通称「内情」)は内閣府の一部局ではあるが、日本の諜報を一手に担う部署である。圧倒的な情報収集能力により、その長の実質的な位置付けは、首相に次ぐと言われている。

「昨晩、内情高度技術研究所から新技術の報告がありました。日本にとって非常に重要な技術が実用化されたため、緊急にお集まりいただいたものです」

林田内情局長が説明を始めた。

「技術?それなら、定例会議でいいじゃないか。眠いんだよ」

内田財務大臣が、林田局長の説明を断ち切るように言い、そして大きなあくびをした。

「今回実用化されたのは、わかりやすく言うと『人の怒りを完全に無くすことができる技術群』です。投薬とか脳に作用する特殊な装置とか」

林田局長は内田大臣の発言を無視し説明を続ける。

「なんだそれ。そんな技術ここでやることか?」

南田国防大臣が林田局長を睨みつけた。

「みんな。林田の話を聞こう」

漆間首相が説明を促した。

「『アンガーマネジメント』という言葉をご存知の方もいらっしゃるかと思います。『怒り』の制御は大人から子供まで非常に重要な課題となっています」

「それが画期的なことなのはわかるよ。でも、この国検で何を話し合うのかね。『すばらしい技術が開発されました』と発表すればいいだけじゃないか。俺は朝めしも食ってないんだぞ。もうやめよう」

南田大臣がまた林田局長の説明に割り込んだ。

「そうされますか。首相」

南田大臣の妨害にうんざりした林田局長が首相に尋ねた。

「南田大臣。今の林田君の説明を聞いてこの技術の重要性がわからないのかね。悪いが、この技術を発表することはない」

「え?なぜですか?これは国民に発表すべき技術だと思うのですが」

金谷官房長官が初めて口を開いた。

「確かに、そういう点もある。しかし、この国のためには、国民に使ってはならない」

「え?どういうことですか?『怒り』を制御できるなら、殺人も児童虐待も大幅に少なくすることができるのでは?」

「官房長官。この技術は、我が国ではなく、他国への侵略を正当化するような権威主義国に使うのがいい。そうだよな林田局長」

「はい。首相がおっしゃるとおりです」

「いいかね。この技術をあえて、権威主義の国に流出させるのだ。そうすれば、そのような国は権力側にいる者達が積極的に国民に使うだろう。林田局長、この技術は『怒りを無くす』んだよな」

「はい。コントロールするのではありません」

「ああ。そうか」

内田大臣が大きな声をだした。

「権威主義の国は、反権力の思想を国民が持たないようにこの技術を使う。そうすると、国民から怒りがなくなる」

「そうだよ。内田大臣。『怒り』は国防や経済発展、国民のレベルアップの源泉にもなるのだよ。それが無くなったらどうなる?」

漆間首相は微笑んだ。

「国が衰退するか、怒りが無くなり国防も成り立たないから国が滅びる」

南田大臣が言った。

「そうだ。まず、この技術は我が国の安全のために不都合な国に適用する」

漆間首相は冷徹な笑みを浮かべた。

「承知しました。確認ですが、我が国では技術を使わないということでいいですね」

林田局長が念を押した。

「全く使わないとは言ってない。権威主義国での使用がうまくいけば、君たちがやりたいようにやりたまえ」

(終わり)

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