【短編小説】ホワイトアウト
綾がゴーグルを額の上にずらしながらレストハウスに入ってきた。頭だけじゃなく眉やまつ毛も雪でまみれていた。
「綾、雪だらけね」
レストハウスの入り口近くに座っていた春奈が声をかけた。
「春奈、先に戻っていたのね。少し吹雪いてきちゃった」
綾は、辺りを見回しながら春奈の隣に座った。
「翔太は?」
「帰ってきてないわ。他のみんなもまだ滑ってるみたい」
真っ赤になっている綾の頬を見つめながら春奈は答えた。
「春奈はもう滑らないの?」
「私、サークルの中で一番経験もないし下手だから、滑っててもみんなよりも疲れるみたい。もうちょっとここで休もうと思う」
「ちょっと天候も悪くなってきたからね。春奈は無理しないほうがいいかもね」
「うん。そうね」
春奈は少し寂しそうに笑った。
「翔太君とは途中で別行動になったの?」
「あいつ、彼女の私を置いて上級者コースに行っちゃったの。ひどいわよね」
「翔太君はスキー『バカ』だから仕方ないわよ」
「あははは。そうね。春奈は時々めちゃ厳しいこというわね。でも、そのとおり」
「翔太君って一緒に滑っている仲間のレベルとか考えないで、自分が滑りたいコースに行こうとするからね。一度ひどめにあってからはスキーでは翔太君とは別行動って決めてるの」
「春奈だとあいつについていくことは無理よ。私だって置いてけぼりになるんだから」
「そうね・・・。ところで、綾はもう滑らないの?」
「どうしようかな。ちょっと吹雪いているけど、これ以上天候悪くならなければいいんだけど」
「綾が帰って来る前に、もう少ししたら天気も良くなるから上級者コースも大丈夫だろうって言ってた人がいたわ」
「そうなんだ」
綾は春奈の話を聞いたあと、レストハウスの窓越しにゲレンデと空の様子を確かめるように見た。
「春奈、もう一回滑ってくるわ。私も上級者コースに行って、翔太を連れて帰ってくる」
綾はそう言って立ち上がりゲレンデに向かって大股で歩いて行った。
「そう。がんばってね」
春奈は、綾の後ろ姿を見ることなく、そう呟いた。
*
綾がゲレンデに戻ってから30分以上経った頃、綾のいるレストハウスに翔太が入ってきた。
「春奈。一人か?」
「翔太君。綾以外は帰ってきたわ。みんなビールやつまみを買いに行ってる」
「綾は一度も戻ってきてないの?」
「いえ、一度戻ってきて、また滑りに行ったわ。翔太君が綾を置いて上級者コースに行ったって言ってたわよ」
「あいつの腕ならついてくると思ったんだけどな」
「かなり吹雪いてきたみたいね。綾が出ていくまでは、ここもあまり人がいなかったけど、今は満席だわ」
「本格的に吹雪いてきたからな。辺りも暗くなってきたし、この中を滑るのは危険だよ。リフトももう止まってる。だから、みんな帰ってきたんだよ」
「綾は大丈夫かしら」
「あいつなら大丈夫だよ。スキーの腕もあるし。俺もビール買ってくるわ」
翔太は春奈から視線を逸らした。
「行ってらっしゃい」
春奈がそう言ったちょうどその時、サークルの面々がビールを片手に戻ってきた。
「翔太。なんだもう帰ってきたのか」
「部長。さすがに俺もこの吹雪じゃ滑りませんよ」
「ああ。コースも閉鎖されたしな。みんな戻ってきてるんだろ?」
部長はビールをテーブルに置き、戻ってきたサークルのメンバーを見回しながら椅子に座った。
「綾が戻っていないの」
春奈が翔太を見ながら言った。
「そうなんですよ。まあ、もう少ししたら帰ってきますよ」
「翔太。綾はどこのコースに行ったんだ?」
「俺、綾とは別行動してたから知らないんです」
「上級者コースに行くって言ってました」
春奈が答えた。
「え?上級者コース?」
部長と翔太が大きな声を出した。
「あそこ、ここのゲレンデから遠いんだ。春奈さん。綾はどれくらい前に向かったの?」
部長が春奈に尋ねた。
「30分から40分ぐらい前だったと思います」
「まじか・・・」
部長とサークルのメンバーに動揺が広がった。
「俺、上級者コースにいたんですが、30分前だとそれそろ滑るのやめようかって思ってた頃です。経験がある綾ならわかると思うのですが」
翔太の声がうわずっている
「なんで、上級者コースに行ったんだ。吹雪で自分が今どこにいるかもわからなくなるし、あそこは急斜面でコブだらけだからボーゲンで滑ってもやばいよ」
部長が独り言のように言った。
「わからないんです。私は吹雪き始めているみたいだからやめたらって言ったんですけど。私が止めていればよかったんです。ごめんなさい」
春奈はそう言ってうつむき、誰にもわからないように笑みを浮かべた。
(終わり)
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