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【短編小説】贖罪の儀式

米田は、出張先で借りたレンタカーを運転していた。ナビに従って走っていたはずだが、気がつくと見知らぬ道に迷い込んでいた。地図にも載っていないような細い山道だ。周りには人気もなく、携帯電話も圏外になっていた。どうやって戻ればいいのかわからない。不安になりながら、とりあえず前に進むしかないと思った。

しばらく走っていると、突然道が開けた。そこには、小さな村落があった。古びた家が並び、畑や田んぼが広がっていた。村の入り口には、大きな鳥居が立っていた。米田は、この村に人が住んでいるのかと驚いた。こんな山奥に、どうして人が暮らしているのだろうか。村の人に道を聞いてみようと思った。

村に入ってみると、それぞれの家の前で家族と思しき数人が立っていた。みんな手に豆のようなものを持っていて、何かを待っているようだった。米田は、車を道に寄せて停車し、車を降りた。そして、家族らしき人々に声をかけた。

「すみません。道に迷ってしまって…。ところで、何されているのですか?」

人々は米田に驚いたような顔をした。そして、一人の男が答えた。

「豆まきですよ。今日は節分だから」

「節分?」

米田は、今日が節分だということを忘れていた。仕事に追われて、季節感もなくなっていたのだ。でも、この村の人たちは、なぜ外にいるのだろうか。普通は、家の中で鬼の面をかぶった人に豆を投げるのではないか。

「どうして、外で豆まきをするんですか?」

米田が聞くと、男は指をさした。

「あれを見な」

米田が見ると、道の向こうから、手を後ろで縛られ、腰の周りを縛った綱を男に引っ張られている「鬼」がやってきた。顔は赤で塗られているためか誰かはわからない。鬼は、ずたずたになった着物を着ていて、足には草履を履いていた。鬼が家の前を通ると、人々は容赦なく豆を投げつけた。それも、手加減なしで投げつけているとしか思えない。時々パンパンと音がして鬼が悲鳴をあげた。爆竹でも投げついているのだろうか。

米田は、信じられない光景に呆然とした。これは、豆まきというより、鬼狩りだ。鬼は、どんな罪を犯したのだろうか。村人に、理由を聞いてみたくなった。

「皆さん、本気で投げていて、鬼が痛がってますが、この豆まきはこの村落の伝統なのですか?」

米田が聞くと、男はにやりと笑った。

「そうだよ。うちの村の伝統さ。あの鬼は、この村で村八分になってるやつだ。村で許されるまで、毎年鬼の役をやらされるんだ」

「村八分?」

米田は、その言葉に戦慄した。村八分とは、村の共同体から締め出されることだ。村の人からは無視され、助けもされない。生きているのに死んでいるようなものだ。それに、毎年鬼の役をやらされるというのは、どういうことだ。鬼は、一体何年もこの苦しみを受けているのだろうか。

「パンパンと言ってるのは爆竹ですか?危ないですよ」

米田が言うと、男はさらに笑った。

「手加減されてるんだよ。これでも。一昔前は、松明とガソリン投げられてもおかしくなかったんだ」

(終わり)

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