【短編小説】怪異の富豪屋敷
私立探偵の山田健太は、ある日、奇妙な依頼を受けた。依頼主は、富豪の未亡人、佐藤絵美子。彼女の屋敷で起きている不可解な現象の調査を依頼されたのだ。
「本当に奇妙なんです。夜中に誰もいないはずの部屋から、物音がするんです。それに、家具が勝手に動いていたり・・・」
絵美子は不安そうに語った。
「私も、物音を聞きました。家具が動いていたのも確かです」
森永育美もそう証言した。育美は絵美子の家で家政婦として働いている30歳くらいの女性だ。
健太が調査を開始するとすぐ、絵美子の夫、佐藤一郎の死に関する不審な点が浮かび上がってきた。一郎は1年前、屋敷の地下室で変死体で発見されたのだ。40代前半の一郎は元気そのもので何らかの病気を治療していたという記録はなかった。健太は、不可解な現象の原因の前に、一郎の死について調べることにした。まったく根拠はないが、一郎の死と不可解な現象は関係があるかもしれないと感じた。
まず、健太は、死の前日に話をした内科の開業医である田中雄介を訪ねた。雄介は一郎の親友だった。
「一郎さんの死因は、本当に事故だったのでしょうか?」
「実は私も、どうにも釈然としないんだ。解剖の結果では、外傷や中毒の形跡はなかったと聞いている。それに、彼のホームドクターは私だが、彼は健康そのものだった」
「警察にも聞かれたかもしれませんが、一郎さんについて、ほかに何か変わったことなどなかったでしょうか」
「一郎は、人間の脳波と物理現象の関連性を研究してるんだと言っていた。あいつは別に研究者じゃないんだがな。金は有り余っていたから、趣味でやっていたんだろう。私は、あいつの研究については、話半分にしか聞いてなかったんだが。亡くなる前日に会った時、重大な発明に成功したと興奮していた。ただ、どんな発明なんだと聞いても、はっきりとしたことは話さなかったんだ」
雄介からの聴取の後、健太は、絵美子の了承を得て、一郎の書斎と地下室を調べた。一郎は不審死ではあったが、結果的には事件とならなかったこともあり、死体が見つかった現場なども警察は丁寧に見ていない可能性があった。
健太はまず、地下室を調べることにした。地下室は、まるで研究機関の実験室のようだった。しかし、もとは普通の部屋だったようで、床にはカーペットが敷かれていた。健太は念のため、カーペットを剥いでみることにした。すると、カーペットの下には、床下収納があった。収納を開けると、そこには、数冊のノート、そしてなんらかの機械の設計図が保管されていた。
健太は、数冊のノートを手に取ってみた。ノートをパラパラとめくる。何らかの設計図やそれに関連すると思われるメモが大量に記されていた。メモには日付が付してあった。ノートの記載はこの数年の間に行われたものだった。
一番直近の日付を見ると、一郎の死の前日であった。そのページには、それまでの書き殴ったような字とは違い、丁寧な字で次のように書いてあった。
(私は、これまで人間の悪について研究してきた。悪が何かを規定するのは難しい。ただ、一人の人間が生きる世界で悪とされていることは、その人間がどんな性格をしていても、潜在意識に悪と刻み込まれている。そして、人がその悪を行う時は、その脳から特別は電気的信号が生じる。私はそれを突き止めた。この信号は微弱だが受信する技術も確立した。この技術を利用すれば、悪が実行される前にそれを感知することができるのだ。これで、この家を悪から守ることができる。私は、感知システムを作り上げ、この屋敷に設置し、稼働を開始した。このシステムは悪の信号を感知すると、信号を発している人間に、幾つかの周波数を組み合わせた電波を放射する。おそらく気絶くらいで済むだろうが、それ以上かもしれない)
ノート自体にはこれ以上の記述はなかった。健太はノートを閉じて、収納に戻した。
「今でもシステムが稼働しているんだろうな。ちょっと怖いな」
健太はつぶやいた。「悪」だと認識していることを行動に移そうとすると攻撃されるということだ。移そうとして踏みとどまるのが普通の人間だとおもうが、その場合でも攻撃されてしまうことになる。
(もしかして、一郎さんの死は、このシステムと関係があるのかもしれない)
健太は、地下室のデスク周りも見て回った。今時珍しく固定電話が置いてある。その横にはメモが用意されている。そのメモを何枚かめくってみた。すると、なぜか上から2枚目の紙に何かメモが書いてあった。シャーペンか鉛筆での殴り書きだ。1枚目に書いていないということは、みられたくなかったのだろう。ただ、内容は判別できた。
(⚪︎月×日 14時 育美と待合せ ホテルアーバン。絵美子の部屋の掃除が終わってから出かけるとのこと。楽しみだ)
「育美というと・・・」
健太は一郎の死の真相がわかったような気がした。
「不倫しようとして、システムに攻撃されたんじゃないか?育美さんに話を聞いてみるか」
健太は、地下室を出てリビングに戻り、絵美子に育美の場所を尋ねた。キッチンにいるということだっため、リビングを通ってキッチンに向かった。
育美は、キッチンで仕事をしていた。
「すみません。育美さん」
「はい」
育美が健太の方を向いた。
健太は目の前にいる育美を見て思った。
(確かに綺麗な人だな。不倫しよういう気持ちになっても仕方ないかもな)
次の瞬間、キッチンにある冷蔵庫が震え始め、少し動いた。
「ヒッ」
育美が悲鳴を上げた。
「また、動きました・・・どうして・・・」
「怖がらなくても大丈夫です。亡くなった一郎さんが全ての原因なんです。絵美子さんも呼んで話しますよ・・・」
「原因がわかったんですか?」
「はい。ただ、育美さんにとって都合が悪いことを話すことになります。おわかりかと思いますが、一郎さんとのことです」
「え・・・」
「あ、でも、この後食事を一緒にしてくださるなら、黙っておきますよ」
バンッ
凄まじい音がキッチンに響き、健太が跳ね飛ばされた。
「大丈夫ですか?」
育美が健太に駆け寄った。しかし、健太はすでに絶命していた。
「奥様!絵美子奥様!」
育美がそう叫んだ。少し微笑みながら。
(終わり)
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