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「戦争と平和」 6️⃣ 第四部 第三篇 第四篇 トルストイ 感想文

心配していた五百人以上の登場人物達は、それぞれが印象的で個性豊かで、その細やかな表現や描写にとても助けられ、私の記憶のどこかにかろうじて留まっていて、その都度何とか思い出しながら読むことが出来た。
主要な人物は限定されていて、想像よりも理解しやすかった。

主人公ピェールが、農民的、民衆的気質のプラトン・カラターエフによって、抑圧されていた心、精神が解放されていく経緯がとても心に刻まれた。

字も読めない男(後にナターシャにそう言う)、素朴で純粋なプラトンがピェールを再生させていくという紛れもない存在が、彼のすぐ足元にあったのだ。人生においての深い転機となった。

捕虜というありえない苦しみ、そこからしか見えなかった世界、「自分が故意に自分に背負わせたような気がするあの感情からも自由になっているのを感じた」(岩波文庫 6巻 p.209)とは、遠く探求し続けたフリーメーソンからの自由なのか。
そしてピェールは、「何かの規範や、ことばや思想への信仰ではなく、常に実感される生きた神への信仰」(p.192) を持ったのだ。

人は真実を掴むために、極めて遠回りをしなければならないのだと思った。


アンドレーが死の間際に見た夢、「建てられていくふわふわした建物」、ペーチャが撃たれる前に見て感じた「甘美で荘厳な讃歌」、いずれも心と意志が離れていくような、夢の中で生と死が反転しているような、無意識の中に象徴されていたものが何なのかが難解だった。



引用はじめ

「その地球儀は、大きさのはっきりしない、生きた、揺れ動く玉だった。その玉の表面は全部、しっかりとくっつき合った滴からできていた。そして、その滴がみんな動き、移動し、いくつか一つに融けあったり、一つがたくさんに分かれたりしていた。一つ一つの滴が広がり、できるだけ多くの空間を占めようと懸命になっていたが、別のも同じことを望んで、その滴を圧迫し、時にはつぶしたり、それと一つに融けあったりするのだった」—— 中略 ——
「真ん中に神がいて、どの滴も一杯の大きさで神を映し出すために、広がろうとしている、そして大きくなり、溶け合い、押し合い、表面でつぶれて、奥に入り込みまた浮かび上がる。これがあいつだ、プラトンだよ」 (p.101)

引用終わり

捕虜のピエールがシャムシェヴォ村の焚き火の前でうたた寝した時見た夢だ。プラトンは既に撃たれてしまったと感じていたピエール。

プラトンはまさしく生と死そして神との間を行き来できる存在なのだと思えた。

そしてその一つ一つの滴は、ピェールであり、アンドレイやナターシャでもある。クトゥーゾフでありナポレオンであり、ロシア軍でありフランス軍だと思われた。
一つに固まり、戦い、また共鳴し、弾ける、を繰り返している、神に近づける滴、離れていく滴、そんな滴で覆われた地球を想像した。
深淵に触れる思いとはこういうことなのか。



六巻まで読んで、トルストイのナポレオン批判がはっきりと伝わってきた。

後半ピエールが「自由」になった時、捕虜のフランス軍将校のイタリア人が彼の元に来てとても打ち解けた。
そのイタリア人は、ナポレオンに対する怒りをぶちまけることが幸せだったのだ。
こんな小さいところで綻びを見せたナポレオン。
個々の兵士の苦しみを把握してないとどこかに書かれてあったのを思い出し、歴史上のナポレオン像が何となく崩れていく思いがした。

対比されたクトゥーゾフは、「戦わずしてモスクワを放棄した」と内部から批判されながらも、その人間的な真実をトルストイが歴史上調べ上げ発見し、多くを語りつくしていた。

「分別のない俗衆のなかで、だだ一人だけ出来事の巨大な意味を理解していたクトゥーゾフ」(p.150)

自分の思いと反対に動く現況にどれほどの苛立たしさを覚えながら、「忍耐」の限界を感じていたことだろう。
「モスクワを失うことはロシアを失うことではない」、講和はあり得ない、国民の意志がそうなのだから、と貫いたクトゥーゾフ。

「その行動が一定不変に、一つの目的にむけられていた歴史上の人物を思い描くことは難しい」(p.149)とまでトルストイに言わしめたクトゥーゾフはロシアを愛していたのだ。


兵士たちと心を一つにするクトゥーゾフの人間力が、「戦争と平和」には満載されていた。
歴史上にある彼の姿に隠されていた真実の姿にとても惹き寄せられた。

そしてラスト。自由の喜びを噛み締めていたピェール。最愛のナターシャとの再会。
「ピェールの心のいとなみの秘められた意味を突き止めようとしていた」ナターシャ。彼が言葉では決して言おうとしない、「いいこと」まで懸命に理解しようとするナターシャ、こんな女性がいたらもう結婚しかないでしょう!

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