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「戦争と平和」 4️⃣ 第三部 第二篇 トルストイ 感想文

苦しみ抜いた挙句、見えてくるものがあるのだと思う。
この篇の登場人物達の苦しみの先にあった深い気づきと理解を感じた。

1812年、ナポレオンがモスクワに侵攻してくる8月(旧暦)、ボロジノの戦いは26日に迫った。
死を目前に予感しなから、その戦争の苦しみと、更に個々の人間の内面には幾つもの悲しみを抱えていた。
今、この時点でも多くの人がそうであるように。

マリアは、父、ボルコンスキー老公爵の死の深い悲しみと、領地の農民の反動に苦しみ道を閉ざされていた。
運命のようなニコライ・ロストフの突然の登場に救われた。

「アルパートゥイチは彼の思慮を欠いた行動が良い結果を生みそうだと感じるようになった」(岩波文庫 四巻、p.341
ニコライのこの突発的な行動を咎めることもなく冷静に見守っていた人。
自らの職務を真面目に遂行する、ボルコンスキー老公爵に長年仕えた領地を管理する支配人、アルパートゥイチ。この人の人間性がとても気になった。冷静沈着な老齢の人物が馬に乗っている姿を想像した。

クトゥーゾフの言った、「頼りにな忍耐と時間」(p.366)に通ずる何かを感じる人だった。

「い・と・し・い・子」と死の間際にマリアに残した父の言葉。
父のマリアへの横暴さは、彼の資質でもあったのだと思うのだが、心配する親の意図的な嫌がらせであったのでは⁈、と思うのだ。

何れひとりになるマリアを思い切り突き放し、彼女の何かを覚醒させ、自由にさせるためのきつい「フリ」だったのだと今はそう感じている。
その心の複雑さは読み取れなかったのだが。
ブリエンヌの正体を知っている老公爵。《私はお前(マリア)もフランス女(ブリエンヌ)も必要ない》(p.222)という想像の声は当たっていた。

アウステルリッツ会戦で敗北し左遷され、このボロジノの戦いを前に、また総司令官になったクトゥーゾフもまた気になる存在である。

「明らかにクトゥーゾフは知識も頭脳も軽蔑していて、ことを決する何か別なもの — 頭脳や知識に左右されない何か別なものを知っていた」(p.361)
かつての敗北のきつい体験が彼に何かを見させていたのだろうと想像した。信仰心と経験が響きあって彼をつくりあげていると感じた。

ピエールに再会したドーロホフ、自らの放埒さの代償を抱えて生きているように感じた。明日死ぬかもしれない今日、過去の過ちをピエールに謝罪した。彼にも何かが見えつつあったのか、ピエールへの接吻が物語っていた。

クトゥーゾフ、アルパートゥイチ、デニーソフ、魅力ある人物像が、またその資質がとても興味深かった。

アンドレイとピエールの再会。過去を知るピエールを忌み嫌うアンドレイ。その気持ちを悟りながらも懸命に軍の内部の状況を質問するピエール。
クトゥーゾフと対立するバルクライト・ド・トゥーリのことや、「明日の運命を決めるのは司令部ではなく、ひとりの兵隊の中にある、気持ち」であり、「勝つと確信している者が勝つ」と、また陣地だの左翼だの右翼だのはくだらなく、「一億もの偶然」にはお遊びでしかない、「自分の身を惜しむことの少ない方が勝つ」と興奮して言い放つアンドレイに共鳴するピエールだった。
「潜熱」という言葉に、アンドレイとの言葉ひとつひとつに、ピエールを悩ませていた問題がその時完全にはっきりした。
ピエールは、場違いな戦場へ向かい、その後激しい戦闘の中に身を置いた。

アンドレイは、このボロジノの戦いで負傷した。運ばれたテントで苦しみに耐えた後、「長いこと味わったことのない深い幸せを感じていた」(p.528)
「生きている意識だけ幸せに感じていた」と、死を予感させた。
 
長靴の中の血のこびりついた切り取られた足、《どうしてあの男がここに》p.528、アンドレイの宿敵、泣き喚いているアナトール・クラーギンのものだった。

ラスト近くのこのシーンは衝撃的だった。

この男のために彼はナターシャとの破局を迎えたのだ。
しかしアンドレイは、この宿敵ともいえる男に「感動にみちた憐れみと愛情」を感じ、それが彼の心を幸せであふれさせたのだ。
戦場の危機と苦難が教えてくれた愛。
《同情、同胞への、愛してくれる人たちへの愛、我々を憎む者たちへの愛、敵への愛》 p.530
神の教え、マリアが教えてくれても理解しなかった愛を、今アンドレイは理解した。
しかしアンドレイは、すでに「死」を意識していた。

苦悩の先に見えたもの。

《何のために、だれのためにおれは殺したり、殺されたりしなければならないのか?  おれはもう嫌だ!》 p.537
ラストの疲れ果てた兵士の言葉、ここで私は泣いた。

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