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月曜日

精神を病み、休職している先輩が、私の部署にいる。

私の勤めている会社は比較的寛容で、そういう方々に対して、無理に仕事をしろなんて言わない。

明るくて気さくな先輩だったが、はたから見ていて、自分で自分の首を絞めてしまうような追い込み方をしていた。特に多くの仕事をしているわけでもなさそうだったが、自分のキャパ以上のことをしようとしていたのか、いつも余裕がなかった。でもとても人懐っこい性格だからか、人間関係は良好なのだと思う。

体調と相談しながら来れるときに出勤してくればいいよ、と上司は言う。

休職期間も半分を消化したあたり、一度職場に来た時があった。しかしそれから三か月間、先輩は全く職場に来ていない。やはり少し早かったのかな、と上司は言う。

そんなあるとき、先輩は職場復帰を目指し、病院の先生と相談しながら、徐々に慣らしていけるよう、月、水、金の午後だけ来るようになった。

「なにか、〇〇さんにやってもらえそうな仕事あるかな」と、上司から相談があった。

「これなら、単発で出勤したとしてもできそうです」

「じゃあ、これをやってもらおう」

そう決めてから一か月。彼女が来たのはその間2回。結局、私がやるしかなかった。


先輩が職場に来ると、みんな明るく彼女に話しかける。

「〇〇さん、よくきたね」

「この間インスタ見ましたよ~、ディズニーランド、羨ましいです~」

「〇〇さんのバッグ、グッチじゃないですか。素敵ですね」

先輩は笑いながら、先週はどこに行っただとか、姪っ子の話だとかを楽しそうに話している。

反吐が出そうだった。

そんなことが二度、三度とあり、いい加減「人の辛さはその人しかわからない。先輩も大変なんだから」と思うことも辛くなってきた。

毎日辛くても頑張って仕事して残業して、休日出勤することもあった。せっかくのオフの日だって、結局死んだように眠って心身ともに回復させるしかなく、かと思えば次の日には仕事に行かなくてはならない。お金も溜まらず、給料の分だけお金が出ていく。そんな日々の傍らで、彼女はディズニーランドに行っていたのだ。給料をもらうだけもらい、その金でブランドバッグを買い、楽しそうにインスタを更新している。

静かな憤りだけが私の中で積もっていく。

彼女は人と話すのが好きなんだと思う。せっかく職場に来たのにやることがないのは辛いことだと知っているから、いつも私は彼女の話し相手になっている。そのたびに私の手が止まり、仕事は進まない。しかし彼女には仕事を与えなければならず、私が進めていたプロジェクトの仕事の一端がどんどん奪われていく。準備、段取りを全てこちらでお膳立てしているところ、その旨いところだけを持って行かれている気分だ。

今日、彼女は私の目の前で、また楽しそうに好きなお笑い芸人のライブ遠征に行った時の話をしている。エステに行き、まつげパーマにネイルをして、気合いを入れて臨んだライブだったそうだ。最前列が当たり、とても運がよかったと笑った。笑いは人を幸せにしてくれる。本当に良かった。

私は、心の中で静かにその笑顔を握り潰し、服を剥いではズタズタにし、心ゆくまで嬲り殺した。その後は火炙りにし、リン酸のおかげで色の変わった炎を見つめながら無になる。

未だ彼女の話は終わらない。

「〇〇さん、本当に素敵ですね。もっとお話聞かせてください」と笑顔でほほ笑む。


心を殺したっていいじゃない。血は流れないのだから。

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