雨の焼尻めん羊まつり

トド夫はイベントが好きだ。祭りも大好きだ。
だからイベントの多い夏は、ぴちぴちと跳ね回っている。
一度座ると動かないように見える体格なのだが、イベントのときはでかいお尻を嬉しそうにふりふりして、どれどれと屋台やキッチンカーを覗き見て楽しんでいる。

この夏、そんなトド夫の目についたのが、8月5日に開催される焼尻島の「めん羊まつり」だ。
焼尻島とは、北海道の日本海側にある小さな島で、天売島と並んでいる。

私は焼尻島にお祭りがあること自体知らなかった。
そんなに大々的に宣伝してもいないのに、よく見つけたものだと感心していたら
「今年で終わりかもしれないんだよ!」
心底残念そうにトド夫はいう。だから行かねばならない、というのが彼なりの理論なのだった。

どうやら、トド夫の収集した情報によれば、焼尻島の自治体でめん羊牧場を運営しているが、飼育する人がいなくなりそうだ、ということらしい。
だから最後かもしれない、と何度も繰り返し嘆いていた。

焼尻島のめん羊はサフォークという種で、頭が黒いめん羊だ。
それを食べようと思うと、かなりいいお値段がする。ジンギスカンでサフォークが食べられる店なんてめったにないし、北海道人の私でも、ほとんど口にしたことがない。
その珍しいサフォークを、焼尻めん羊まつりでは、BBQで安く食べられるらしい。

トド夫の眼はアイドルのようにきらめき、私が気づいたときにはすでに、焼尻島の宿を取っていた。

お祭り前日の8月4日。
道北地方はかなり強い雨が降り続き、焼尻島へ渡るフェリーがでる予定の羽幌港で、私たちは岐路に立っていた。
私たちの当初の計画では、朝早くフェリーで天売島に行き、ちょっと天売島観光をしてから、焼尻島に戻り一泊し、朝からBBQで一杯飲んで帰る、というものだったのだが。

海が時化て、フェリーがでなかったのだ。
1日4便あるうち、3便の欠航が決まった。
のぞみは最後の1便。
大自然を相手にイイラしても仕方ないので、私たちは羽幌港の近くにある温泉でまったりしていた。休憩所のハンモックでゆらゆら遊んでいると、どうやら最後の1便は出る、と言う情報がウェブサイトに載った。

急げ急げとフェリーターミナルへ行くと、思いのほか人が大勢待っていた。
「あら、こんなに焼尻のめん羊まつりに行くのかしら」
と、ちょっと色めき立つ私。

2等船室は広くて3つほどあり、だだっぴろい広間のようになっている。区切りはなく、多くの人が雑魚寝していた。
私たちもみんなの真似をしてリュックを枕に横になった。
波が高いのか、けっこう揺れる。
遊園地のバイキングにのったときのように、血がぶわっと浮き上がる感じがして、ひいいと声に出したくなるが、ぐっと我慢する。
すでにトド夫は横でぐうぐう寝ていた。さすがの図太さだ。
私もいつの間にか寝てしまい、焼尻です、という船内アナウンスで起きた。

私は焼尻島は初めてではない。10代のころに母親と妹と来ているし、20代のころにも友人と来ている。
そのころと様変わりしてるんだろうな、と感傷に浸りたい気分ではあったが、全く覚えていなかったので、懐かしさも何もなかった。
母と妹と自転車に乗ったことをうっすら覚えているだけだ。(でも天売島だったかもしれない。)
私の記憶はいったいどこに行ったのだろう。旅行に連れて行きがいのない女である。

宿に行って、一息ついていると、トド夫が「自転車にのろう」と言い出した。窓から空をみると、どんより曇っている。
母と妹と来た時は夏だったが、とても天気が良くて楽しかった。
鳥がいっぱいいた気がするから、やっぱり天売島だったのかな、と寝ころびながら思い出していると、トド夫は「日が暮れちゃうよ」と焦り気味で急かしてくるので、仕方なく立ち上がった。

焼尻島のフェリーターミナルの横に貸自転車屋はあった。
トド夫は「電動自転車にしようよ」と言う。ほぼ倍の値段だったので、ケチな私はちょっと迷ったが、年齢のことを考えるとそうも言っていられない。
提案を素直にききいれ、電動自転車にした。

焼尻の寝転ぶ猫たち


電動自転車のパワーはすごい。坂もらくらくだ。
オンコの木の茂る中もすいすいだ。北海道人なので、本能的に森が怖いが、ここにはクマはいないのだしな、と思うと、森の中を自転車で走り抜けるのは、爽快感があってけっこう面白い。

牧場のようなところに出ると、顔の黒いめん羊が集まっていた。
人が4・5人見えたので、トド夫が吸い込まれるようにそっちにいくと、どうやらテレビの撮影らしかった。
「こんなところにどうしてだろう」と思ったが、邪魔をするのも悪いと思って離れた。

そのうち雨が降り出した。
「急げー」と叫んだときには、本格的にざあざあ降ってきていた。
トド夫がカッパを持ってきていたので私に被せてくれたが、もうびっちょり。夏なので寒くはないが、雨で目の前が見えない。
私たちはずぶぬれになって自転車を返し、宿へ戻ると雨はあがった。
「明日どうなるかねえ」と二人で顔を見合わせた。

まだ降っていない時

次の日、朝から雨だったが、フェリーは4便全て動くらしく、港は焼尻めん羊まつりの準備で賑わっていた。
テントが建てられ、ドラム缶を半分にしたコンロが用意され、炭が入れられている。雨がざあざあテントにうちつけているが、こうなったら、それも一興と楽しんでいくほかない。とにかく食べられるんだから文句は言うまい。

お祭りのスタッフが「まだ船ついてませんけど、時間なので始めます!」
と言って、サフォークを売り始めた。
カッパを着た私が列に並ぶ。なかなかの行列だ。
肉は1パック1000円だったので、2パック買ったが、トド夫がやっぱりもう1パック買ってきて、と言うので、雨のなか走りに行く。買うほうも大変だが、売る方も大変だ。

焼き野菜にビール、焼酎やら、お酒やら、地元のひとたちがいろいろ売っている。雨がひどいので、声も聞こえず大声になる。スタッフがテントの端っこに溜まった雨をざばあと落とすと、その周辺でわあわあと声が上がる。
半分濡れながらビールを飲む。非日常感がすごい。楽しくなってくる。これがお祭りというものだわ、とひとりごちた。
ノンアルビールで我慢するトド夫も、濡れ鼠だが、にこにこしている。

サフォークはくさみがなくて食べやすいね、とか話していると、相席いいですかと旅人らしきひとが声をかけてきた。(私たちも旅人だが)

どうぞどうぞと席を勧め、しばらく食べていると、テレビのクルーのようなひとたちがそのひとに声をかけた。
取材していいかどうか、ということらしい。
そのひとは本州からひとりで来た人で、お肉を食べるところを映されていた。
聞き耳を立てるトド夫と私。
どうやら大阪のテレビ局らしい。よくこんな北の果てまできたもんだ。

「あのテレビは、きのう牧場で撮影していたひとたちではないか」と、こそこそと結論づけた。なぜ取材が我々ではないのかとも思ったが、おじさんおばさん夫婦では映えないからだろうと勝手に納得した。

サフォークである

お肉がもう残り少なくなったころ、ちょうどフェリーの時間になった。
雨がまだ降り続いていたが、フェリーのお客さんはぞくぞく来て、お肉を買うところは行列になっていた。

我々は、座席のある高速船にのり、雨の焼尻島を後にした。ほっとしたような、まだ遊び足りないような複雑な気持ちになる。
「来年もお祭りあれば来たいなあ」トド夫はぽつりと言ったのだった。








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