冬イベントは雪がないと始まらないのさ

12月になった。すでに6日も過ぎてしまった。
なのに、ここに雪がない。
全くないわけではないが、少ない。
音威子府のほとんどのひとたちは、雪がなくて、こたつの中の猫のように喜んでいる。
「過ごしやすいわ」「除雪しなくていいから楽だわ」
「このまま春になればいいのに」
そんな言葉をちらほらと聞く。
私は黙ってニコニコと笑っている。

こんなことで会話をざわつかせることもあるまい。
私の人生の目標は、ちびまる子ちゃんのようにひょうひょうと生きることなので、わざわざ波風を立てるような、めんどうくさいことはしないと心掛けている。

がしかし、私の心中は穏やかではない。

音威子府の中心の駅前で叫びたい。

「雪がなくて何が音威子府の冬だ!個性を捨てて何が残るんだ!」

豪雪地帯の音威子府では、もはや雪は個性だ。
生かしきれていないが、個性であることは間違いない。

12月生まれの私にとって、本来なら今月はイベント目白押しの月なのである。

誕生日、クリスマス、年末(もしくは忘年会)と、怒涛のように押し寄せるイベント。それに伴う宴会があるために、仕事も早く切り上げたり、家の中も飾り付けたり、段取りしなくちゃならない。
それらの、なんとも言えない気ぜわしさが本当に大好きだ。
でも、そのイベントの雰囲気を盛り上げるための、シーンを盛り上げる雪がないなんて信じられない。雪がちらつく中を遊び歩いたり、ひとりでも雪見酒をしたりするのが楽しいのに。吹雪の日だって、イベントだったら妙にハイになって飲みに出ちゃうのに。

雪がないなんて、クリスマスのショートケーキにいちごが乗っていないようなものであり、正月の雑煮にもちが入っていないようなものなのだ。

そんなクリスマスと正月であっていいのか!

ヨーロッパや北米に住む人たちのインスタのリールでは、冬(というか、クリスマス)を全力で楽しもうという気迫がすごい。
っていうか、浮かれ具合がすごい。
マジで It's the most wonderful time of the year♪ なのである。

家のなかに、とんでもないデカいもみの木を持ち込み、オーナメントを飾り、テーブルをキャンドルで飾り付け、入口のドアも飾り付け、マシュマロと生クリームたっぷりのココアをサンタのマグカップで飲んでいる。
もちろん、ビューティフルに飾り付けた家の窓の外には、雪が降りしきっている。
雪は欠かせないバックグラウンドなのだ。クリスマスのホリデイシーズンなので、スキーやボードを楽しむひとたちも動画を上げている。
そして皆、ものすごい笑顔なのである。わざとかもしれないが、わざとでもいい。もはやそんなの関係ねえ。

とにかく、とても羨ましくなるのだ。

彼らはあんなに冬を楽しんでいるのに!(っていうかクリスマスだけど)
われわれも冬と雪をめいっぱい楽しもうではないか!
豪雪地帯なんだから、ボードだってスキーだって、なんだってできるのに!雪だるまもかまくらも作れるのに!
雪がないんじゃクリスマスも楽しめない!
と、ひとり熱くなって力説している私に向かって
「しょせん異教徒の祭り」
と、ぼそっとトド夫が言うので、クリスマスのために用意してあるトド夫へのプレゼントを火にくべてやろうかと思ったが、確かに日本人(私)の節操のなさは否めない。

異国の祭りだろうと自国の祭りだろうと、全部イベントにして楽しんじゃおうという国民性の不思議さよ。

「言い方を変えると、懐が深いということでもあるよね」と私が反論すると、「ま、平和だということだね」とトド夫がなぞに頷いた。

確かに、平和じゃなければできないことだ。

世界各地で争いが起きている今、パートナーにささやかなプレゼントをあげることができるだけで幸せなのかもしれないと神妙に思った。

プレゼントを火にくべるのはやめて、せっかくだから、トド夫とターキーならぬ焼き鳥で乾杯しよう、と決めた12月の上旬なのでありました。





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