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此処と何処のはざまで、酩酊する言葉たち。句集『地球酔/土井探花』鑑賞。

ふと虹のボタンを押した大統領
神様に電池を入れる年の暮
春愁の痛いくらゐが正常値
パンジーが幕府をひらけさうですね
天の川きらひなひとをきらふ会

『地球酔』土井探花

【キーワード】
#ポップ #怖かわいい #面白い #色彩豊か #少し不思議
#サブカルチャー #アニメ #人間関係 #風景
#旧かな使い #口語体

突然ですが、MOTHER2というゲームをご存じでしょうか?
90年代中頃に流行ったRPGゲームです。このゲームの中にムーンサイドという町が出てきます。フォーサイドという明るくて都会的な町にいるはずなのに、とあるきっかけで、世界が反転したように、夜の町ムーンサイドになってしまう。ここは同じ町のはずなのに、何もかも違う。「はい」が「いいえ」で、「いいえ」が「はい」。言葉は通じるのに何も通じていない。ハロー、そして、……グッバイ。

『地球酔』を読んで、私はムーンサイドを想いました。

土井探花さんは1976年生まれ。この記事を書いているのと同じ、2023年11月に第一句集として『地球酔』を出されました。つまり発売されたばかりの新しい句集です。冒頭にあげた五句を見ていただいてもわかるように「不思議」と「現実」の間をくるくる縫っていくような句が多く、また題材が身近で現代的なので、俳句を読み慣れていない方にも、読みやすいのではないかと思います。サブカルな感じがする句もあり、他にも「ジャイアン」や「スナフキン」が出てきたりします。「こんな俳句もあるんだな〜」と、目から鱗で面白いです。


タイトルの『地球酔』は、おそらく土井さんの造語で、以下の句から取られています。

轡虫あなたも地球酔ですね

「地球酔」とはものすごい規模の大きな乗り物酔いみたいなものでしょうか。ガチャガチャと鳴く轡虫の声は、まるで車のエンジン音でもあり、忙しない街の音にも聞こえます。わたしも、あなたも、轡虫も、みんな地球酔なのだ。と思うところから、この酩酊する世界が始まります。

酩酊は気持ちが良いものですが、お酒がそこまで強くない私は、一線を超えると気分が悪くなります。最近は限界がわかるので「程よい塩梅」で止まることができますが、それでも調子に乗って「その先の気配」を感じることはあります。

『地球酔』は心地よい酩酊です。だけど、時折「その先の気配」をうっすらと感じる。気配というより、予感かもしれません。気持ちいいだけじゃないんだぞ、と言われているような気がするのです。確かに、生きづらさや、世界がはらむ薄暗さを表しているような句はいくつもあります。でも、ユーモアを交えた不思議な浮遊感が全体を包んでいて、鑑賞をしていると、頬がどこか緩んでしまうのです。


ふと虹のボタンを押した大統領

大統領が押すボタンといえばアレだと相場は決まっています。でも、安心して。このボタンは虹のボタンだから。国中に大きな虹が掛かれば、国民は皆「ああ、大統領がまた押してるなぁ」と、にこにこ和んじゃいます。「平和だなぁ」なんて言う人もいるかもしれません。でも忘れてはいけません。大統領が持っているボタンは、虹のボタンだけではないと言うことを。そして、どんなボタンも「ふと」押せるということを。


神様に電池を入れる年の暮

お正月の準備で忙しくしている年の暮れに「ああ、そうだ忘れちゃいけない」と、神棚に置いた神様の電池を取り替える、そんな場面がパッと浮かびます。どこか懐かしいSFのようでいて、リアルに20年後にありそうな光景でもある。ちいかわの島編を思い出す方もいるかもしれません。こまめに電池を取り換え続ければ、命も神様も永遠です。


春愁の痛いくらゐが正常値

春愁(しゅんしゅう、はるうれい)は、春独特のあの憂鬱な感じ〜〜を表す季語です。季語になるくらい、あの気だるさは一般的なことなんだな、と歳時記でこの季語を見た時にしみじみ思いました。この句は、その春愁が、痛いくらいが良いんだと。むしろ痛気持ちいんだと。痛みを感じているからこそ、安堵できるのだと言っています。その感覚は処世術でもあるのかもしれません。この春を凌げば、やがて消えるのだと願いつつ。


パンジーが幕府をひらけさうですね

今の時期(冬)、園芸店のアイドルであるパンジーやビオラは確かに花が顔の形のように見えるし、みんな前を(こっち)を見ています。花壇に寄せ植えをすれば、わらわらとお侍が集っているようにも見えそうです。ビオラじゃなくてパンジーなのは、大きい方がなんとなく声も大きそうだからでしょうか。微笑ましいと同時に、どことなくぞっとする光景でもあります。


天の川きらひなひとをきらふ会

好きな句です。飲み会での愚痴や悪口は、あまり健康に良くないなぁと思うのですが、こうして「嫌いな人を嫌う」というお題目で集うのは、逆にとっても健全である気がします。ひらがなでかわいく表記しているところや、この句の季語が「天の川」で、きらきらと雄大であるところも、個人的にはグッときます。モヤモヤを宇宙(包容力満点)に放った後は、少しでも呼吸がしやすくなりますように。

他にも好きな句をいくつかあげます。どれも、少し不思議だったり、聞いたことがない比喩だったり、ちょっと違和感がある面白い世界が広がります。

若葉風わたしの町の本屋の忌
ジャイアンの滅んだ国の雪もよひ
政敵を葬るやうにセロリ噛む
あなたとは違ふ海市を見てゐたの
「死をよこせ」「あたためますか」おぼろ月



冒頭の話に戻りますと、私がMOTHER2をプレイしたのは、25年以上前です。ストーリーの細かいところは覚えていないし、どうやって件のムーンサイドから出たのか、ムーンサイドが一体何だったのか、すっかり忘れてしまいました。でもあの不思議な魅力と、違和感が作り出す面白さはずっと忘れられずに残っています。『地球酔』も、もしかしたら、そんな風にずっと印象に残る句集になるのかな、と思います。

『地球酔』のお求め方法について、土井さんがまとめてくださっていますので、そちらのリンクを貼っておきます。オタクには使い慣れたBOOTHもあるよ!

まずは気軽な入口として、土井探花さん、このはる紗耶さん、古田秀さんの合同俳句ネプリ「カルフル」もおすすめです。2023年12月2日までですが、『地球酔』上梓記念の臨時号が出ており、DLでも入手できるそうなので、土井さんの俳句をまずは読んでみたいと思う方は、こちらからどうぞ。このはる紗耶さん、古田秀さんの俳句もとってもおすすめです!

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