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Sweetness

間に合うかな……。
カタカタとパソコンに向かっての資料作り。
会議が来月だから、それまでに作ればいいし~なんて悠長に構えていたら、締め切りは3週間も前だった。
年度末だし、膨大な量。
唯一、助かったのは、テレワークでよかったってこと。
こんなの会社でやってたら、私、帰れない。

でも、家は家でのんびりやってしまうのも作業が進まない原因でもある。
テレビや音楽、食べ物……。
誘惑が多すぎる……。
全てをシャットアウトするため、耳栓をして集中!

無音でパソコンと資料と向き合うこと、
2時間。
終わった……。
肩も凝るし腰は痛いし、目も痛い……。
ん~と大きく伸びをすると、ふわっと香るココアの匂いに少し疲れも吹き飛ぶ。

「お疲れさん」
コトンとカップをテーブルに置いて、私の隣に座る涼ちゃん。
「ありがと。あれ? ゲームは……」
「今日は終了」
「そうなんだ」
いつもより早くない?
心なしか疲れてるように見える涼ちゃん。

私の彼、涼ちゃんはゲームはおろか、パソコンですら縁のない会社で働いているんだけど、
ゲーム界隈でちょっと有名なゲーマーで、暇さえあればゲームをしている。
腕前もそこそこで、わりとすごいみたいなんだけどもね。
私はゲームに詳しくないから、よく分かんなくて。
涼ちゃんもそこには引き込んでこない。
それはありがたかったりもする。

涼ちゃんはゲームしてる時は邪魔されたくない人だから、一緒に住んでても、わりと別でいることも多い。
私も一人の時間をすごしているのも嫌いじゃないし。
でも、1日1回は2人の時間を作ることは約束している。
「今日はどうだったの?」
「ん?」
「ゲーム具合。珍しく疲れた顔してる」
「ボロクソやられた……」
コテンと頭を私の肩に落とす。

珍しい……。
ボロクソやられるのも、こんな風に甘えてくるのも、なかなかない。
ゲーム以外のこともあるかも?
「体調悪い?」
「いや、そんなことない」
「何かいつもの涼ちゃんと違う……」
「そんなことない」
何て言いながらも微動だに動こうとしない。
「すみは? 終わった?」
「ん、終わったよ~久々に頑張った」
私も涼ちゃんにそっと寄り添う。
わりと小柄な涼ちゃんだけど、案外、体は鍛えていて、体を預けても安心感がある。
「すっごい集中してたよね?」
「うん、じゃないと終わらないもん」
そう私が言うと、涼ちゃんが頭を上げる。

ん?
「すみ、そんな集中力あったっけ?」
これまた不思議そうな顔で私を見る。
うっ……そんな言い方……。
的確すぎて強く反論は出来ない。
「私だってそれくらい……」
「ふーん」
片肘をテーブルに置いた手に顎をのせて、私を見てる涼ちゃん。

ふわっと優しい目。
キレイな肌ツヤは私より保水力があると思う。
アイドル並みの整った顔。
下から見上げて少しはにかむところがあざとい。
その顔は……反則なやつ!
私が堪らず目を反らすと、こらって怒られた。
「全然、オレには集中できてないし」
「いや、だって……」
「だってじゃないでしょ?」

……何か甘いもん。
すっごく甘いんだもん。
その言い方にもドキッとする。

付き合い始めて1年。
一緒に住み始めて3ヶ月。
まだまだ知らない涼ちゃんが出てくる。
時々、甘い涼ちゃんは出てくるけど……。
何か今日はさ……。
溶けたミルクチョコみたい。
あまったるい。

「ねぇ、オレが後ろにいたの、気づいてなかったでしょ?」
「え? いたの?」
「いた、2回くらい」
「2回も?」
驚いた。
まさか2回も涼ちゃんが来てたなんて。
「ごめん……それは気づいてなかった……」「だよね? まぁでも、すみも真剣だったし? 耳栓もしてたしなぁ……」
涼ちゃんが口を尖らせる。
「邪魔しちゃいけないなと思ったけど……あまりにも気づかないからさ」
そっか、涼ちゃん、淋しかったのか……。
口には出さないけど、この甘え方。
何かそんな感じがした。

涼ちゃんは私よりいくつか年下だけど、わりとしっかりしてる。
たまに年下だったかな? と思ってしまうこともある。
まぁ、私が年上ぽくないのかもしれないけど、でもそう感じさせないようにいてくれるのは嬉しい。
だからかな年下感が出てくると、私が落ち着かない。
いや、年下なんだけどもさ。
母性本能をくすぐるってやつ。

淋しさと甘ったるさ。
混ぜるな危険。

かけ合わさるとこんなに危険になるとは私もまだ気づいていない。

「ねぇ、すみ……」
ほら、声までもが甘くなる。
「もういいよね?」
「な、何がっ」
「……すみに声かけるの、2回も我慢したんだけど」
少しふて腐れたように見えた涼ちゃん。
いや、そんなの一瞬だった。
ニヤッと何か企むような表情が私の目の前にある。
「すみ不足」
「えっ……」
思わず顔を引くと、愛しい手が後頭部を支える。
いや……ホールドされた。
このパターンはそういうこと。
私を離してくれない、涼ちゃんからの合図。

「オレだけ見ててよ……」

ね? って確認されて、私が返事をする間もなく唇を塞がれる。

甘い……極上に甘い。
表情も仕草も声も涼ちゃん自身も……。
ふわっと香るココアの匂い。

あれ? 涼ちゃんはココア飲んでたっけ?
そんな思考すら吹っ飛ぶくらいの長い長い涼ちゃんからのキス。

スイッチが入った涼ちゃんは、
ココアよりもミルクチョコよりも甘い……。

長い夜が始まることを告げていた。


                                     ーENDー

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