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特別な日が来るのは、
突然で一瞬。

「かわもと?」
久しぶりに聞いた呼び方で、懐かしい誰かだろうと予想する。けれどそこに居たのは、予想外の人物だった。

「あれー?何してるのー?」
私は思わず大きな声で言った。
嬉しさが顔にも声にも出てる事が自分で分かる。
でもそんなの構わない。
だって嬉しい。


真夜中のコインランドリー。
季節は夏の終わりで、蝉の声は幾分小さくなっていた。
薄っぺらい服1枚でフラフラ出かけて気持ちがいい、そんな夜の温度と明るさと匂い。

「そっちこそ何してるの。こんな時間に」
彼は私の大声を抑制するかのように、落ち着いた静かな声で聞く。
でもその顔は口角がきゅっと上がって目は細まっているから、私は益々嬉しくなってしまう。
「喉乾いたから、ジュース買いに来た」
私が答え終わるないなや、彼は自販機にお金を入れ始めた。
「はい、どれ買うの?」
あらまぁ。スマート。
何だか大人のオトコになっちゃって。
「いいの?ありがとう」
ミルクティーのボタンを跳ねるように押すと、ガシャコンと幸せが落ちてきた。
すかさず私も自販機にお金を入れる。
「はい、どれにする?」
彼は少し面食らって「え?俺、要らないよ」と言ったけど、「いいじゃん。一緒に飲もう。お茶しよ」と言うと「じゃあコーヒー。その右の。ブラック」と指差した。
ガシャコンとまた幸せが落ちた音がした。

コインランドリーに洗濯をしに来たと言う彼は車だったので、2人で車の中で買ったばかりの飲み物を飲んだ。
私はと言うと、何となく眠れなくて煙草をベランダでスパスパと吸ってたらミルクティーが飲みたくなって、何の気なしに近くの自販機に来た、それだけだった。(私の家から一番近い自販機があるのがこのコインランドリーなのだ。)

「元気だった?」
コーヒーを開けながら聞かれて、
「元気ー。超、元気」
とミルクティーを開けながら私は答える。
「そっちは?元気だった?」
聞くと「あー、全然だわ」と言って、最近大変だった仕事の事など彼は話してくれた。
へー、すごい。何それ、やばいねー。
相槌を打ちながら、私は昔のことを思い出していた。

彼とは小学校の同級生で、中学も一緒だったが特別仲良くも無かった。
それが互いに別々の高校に上がってから、何故か電車でよく会うようになり、それから少しずつ話すようになったのだ。
人と話すとき、目を真っ直ぐ見る。
楽しそうに、嬉しそうに笑う。
細くて華奢で、薄い背中。
色黒で、長い前髪から続く横髪の隙間から、ちらっと銀色の小さなピアスが覗いていた。
ほんとはこっそり、彼のことが好きだった。
でも気づかない振りをしていたら、いつの間にか会わなくなっていた。
それからもう4年。
今じゃ私は大学生で、彼は社会人だ。


思い出から現実に私が戻ってきた頃、ちょうど彼の話も途切れて、沈黙が訪れた。
ちょっと気まずい、この沈黙。
私は手に持ったミルクティーをごくごく飲んだ。
緩くて甘くて美味しい。
そんなことを思っていたら、彼の静か視線が私のは右半身に注がれてることにふと気づく。
見られてるなぁ。
相変わらずだなぁ。
ちらっと横目で彼を見る。
すると彼は臆する様子もなく、にここにと歯を見せて笑った。
それで、私も思わず笑ってしまう。

私達は、しばらく理由もなくふふふ、あはは、と笑い合った。
「かわもとは、変わらないね」
彼がハンドルにもたれかかりながら言った。
それはこっちの台詞だなぁ。
思いながら、なんだか何を言う気にもなれなくて、私はずっと笑っていた。
気持ちがとろんとしてくる。
このまま眠ってしまいたいくらい、穏やかな時間だ。
もちろん勿体無くて寝ないけど。

しかし時計を見やると、時刻は午前2時を回っていた。
「明日仕事?」
「うん」
時間に彼も気づいて、少し声が暗くなる。
私は虚しさを押し殺して明るく言った。
「そっか。じゃぁそろそろ帰る」
彼は、そうだね、と言って直ぐに車のエンジンをかけた。
「家の前まで送る」
さっきまで流れていたとろとろした空気が、エンジン音で消されていく。
私も彼も、もう目を合わせなかった。


帰り道はものの1分の距離だ。
でも凄く長く感じた。
私は窓から外を見ていた。
街灯の白い光が、車のスピードで横長に伸びていくのを無感情に見続けた。
家の前に着いた時にはほっとした。


「ありがとう。またね」
私が言うと、数分ぶりに彼がこちらを見た。
「うん」
それだけ言うと、彼はただ、じっと私の目を見つめている。

彼の名前はスバルといった。
名前の通り、星のような目をしている。
真っ暗の中に光があって、強くて。そしてどこか寂しげなのだ。

私は何かを言おうとしたけれど、どうしても言葉が出なかった。
あの幸せな時間達があんまり愛おしかったから。
何だか神聖なものみたいで、
連絡先教えて、とか、また会いたい、とか俗世的な言葉を言い出せない。
そんな自分もいやらしく感じて、更に嫌気がした。

「それじゃあね、ばいばい」
気持ちを振り切るようにして言うと、私は車のドアを開けた。

すると、その時強い力で腕を引っ張られ振り向くとそこには彼の顔があった。
彼は私の顔に顔を寄せて、しばらくそのままぎゅっとしていた。
頰は乾燥していて冷たかった。
背中に手を当てると、そこはあったかくて、骨ばっていて、見た目通りに華奢だった。
私の耳はどうかしてしまったようで、心臓の音も息遣いも何も聞こえなくなった。でもきっと、すごい音がしてるに違いない。私は出来る限り何も彼に聞かれないように、彼の肩に鼻から下を埋めてじっとしていた。

やがて彼は「じゃ、おやすみ」と言うと手を離し、にこっと手を振った。
「うん、おやすみ」
車から出ると、さあっと風が吹いて私の頬を冷却してくれた。


彼の車が去ってからも、私はしばらく家の前までぼーっとしていた。
何処からか蝉の鳴き声がか細く聴こえて、ようやく我に返り始める。

まったく。
私は一人肩をすくめて溜息を吐いた。

どうやら私は、彼に恋をしている。
それもこんなにもはっきりと。

「あーーー」
思わず声を出して唸ってみると、その声は夜の闇に吸い込まれていった。

空には星が幾つも幾つも光っていた。




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