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小さな円形劇場

生きていれば、どうしようもなく悲しくなる時はあって、
それは理由がある場合もあれば無い場合もある。
自分の人生に迷うことも、ある。
そんな時、彼女は円形劇場に行くことにしている。


その小さな円形劇場は、公園の開けた所にあった。
桜の木に囲まれた小ぢんまりとした空間に、ぐるりと円を描いた階段は5段。くぼんだ中央のステージはすべすべの白い一枚岩で出来ている。辺りに街灯がぽつぽつと設置されただけのその場所は、こんな真冬の夜には少しだけ物悲しい。
でも、訪れればすぐにその気持ちは消える。

「やあ、久しぶり」
声を掛けてきたのはリーネだ。
この劇場は5人の兄弟の根城で、リーネは次男。
人懐っこくて笑い上戸の彼は、いるだけで周りを明るくしてしまう。彼女に初めて話しかけてくれたのも彼だ。
今日は他に、長男のザイルと四男のフォックスが来ていた。
「始めようか」
ザイルの一言で、彼らは位置についた。

フォックスが、その足でステージを踏み鳴らす。
カタタ、タタタッ。
その音であっという間に劇場は包囲され、無数の音が手拍子の様に床を揺らした。
ザイルは人差し指を伸ばして、身体を揺らしながら指揮をとり、そしてリーネに振り抜いた。
彼女はいつもこの瞬間、鳥肌が立ってしまう。

リーネの声が円形劇場に響いた。

歌は言葉。リズムは衝動。
音の調べは君の元まで飛んでいく。
それは誰のものとなるだろう。

リーネは歌う。
押し寄せる彼らの音に、彼女は呼吸をするのも忘れていた。
「踊って」
ザイルが言った。「君も踊って」

彼女は踊った。

歌は言葉。リズムは衝動。
音の調べは光の速さで僕の元まで飛んでくる。
それは誰のものとなるだろう。
永遠に誰のものだろう。

音の波はさっきよりも大きくなって、彼女たちを包み込む。
彼女たちは階段から階段へ渡りながら歌い踊った。
ザイルがその指を桜に向けると、葉の落ちた枝から花が咲いた。
それは夜の月明かりと少しの街灯に照らされて、鮮やかな薄色に揺れていた。
彼女たちは、飽きるまでそうして歌い続けた。

舞台が終わり、彼女が拍手をすると、彼らはまた一列に並んで右手を胸に当てた。
彼女も胸に手を当てた。
「今日も良い日だ」
ザイルは静かな声で言った。



ピロン、ピロン。
気づくと、スマートフォンが鳴っていた。
付けっ放しのテレビからはニュースが流れている。
悲しい気持ちは消えていた。
彼女はさっきまで聴いていたあの歌を口ずさむ。
「今日も良い日だ」
彼女は言った。


それはこの世界のどこかにある、愛しい、小さな円形劇場。



special thanks ---
このお話は、でんこさんをモデルに描かせて頂きました。
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