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分け合う火種に煙が香る


冴島は息を吐き、ビールを飲んだ。
俺も同じものをおかわりして、タバコに火をつける。

そんな俺を見て
冴島も俺のタバコを一本口に咥え、火をつけた。


「和泉(いずみ)のお母さんって
あんなに私のこと嫌いだったっけ?」


煙を吐き出しながら呟く冴島に
俺は首を傾げて灰を落とした。


「いやー…。まあ、お前って昔から
すごい目立つ存在ではあったじゃん?

優等生だったし。

俺のお袋って、あんまり賢い女好きじゃねーんだよな。

あと普通に、結婚してから即単身赴任って
なかなかイカついってのもある」


冴島は納得したように頷いて、
左手の人差し指と中指でタバコを挟んだ。

赤いベースのネイルは
爪の先だけキラキラしたラメが入っている。


「指輪、どんなやつが欲しい?」


俺の質問に冴島はビックリして
左手の薬指を俺の目の前に出してきた。


「くれるの?!」

「は?!当たり前だろ!結婚するんだぞ!」


冴島はまだ驚いた顔をしていたが、
しばらくするとスマホの画面を俺に見せてきた。

そこには二つ合わせて2万5千円くらいの指輪が表示されている。


「…いやいや、さすがに舐めすぎ。」

「この指輪が欲しいんだよ。
作ってる人、同い年の美大の学生。

窓村エレナって言うんだけどさ。

この人がつくった指輪を毎年買おうよ。」


冴島はそう言って楽しそうに笑う。

俺はまだ納得できなくて
いろいろ調べていた指輪のサイトを冴島に見せた。


「こーゆーのって、30万くらいが相場なんだろ?
ちゃんとしたやつ買って、一生つけるのが普通なんじゃねーの?」

「30万ってことは、エレナの指輪なら12個は買えるね!
13年後、また考えれば良いじゃん」

「いや、ずっと2万5千円とは限らないだろ!
途中でめちゃくちゃ人気になって、10万の年とかできたらどーすんだよ!」

「買える範囲のヤツ買えば良いじゃん。
普通こういうのって女の子のお願いが通るもんなんじゃないの?
和泉の考え押し付けるの?モラハラってこと?モラハラ旦那?」


冴島はしつこく俺にそう聞いてきて
鬱陶しくて、額を叩いた。

楽しそうに笑う冴島は
店員にハイボールを頼む。


「でもなんやかんやで
1年近くかかっちゃってるね。結婚の許可もらうために。」

「まあ、俺就活したし、お前アメリカ行ってるし。」


冴島は海外の大学に進学して、そのまま海外の企業に就職した。

歳は同じだけど、飛び級したから
俺より先に働き始めてる。


「…あのさ、和泉。
今日の夜、私、家に帰りたくないなあ」


上目遣いで俺のことを見て
テーブルの下で俺の足を、ハイヒールの先でつついた。

よく考えたら、二人で合わせて18杯くらい飲んでしまってる。

こういうの、いちいち乗せられて
俺たちはここまできた気がする。

いざって時、冴島は
賢い頭を一切使わず、

気持ちとノリで、強引に押し進める。


「帰らないでどーすんの?」

「えー?
それ、私に言わせるの?」


冴島がつぶしたタバコには
ほんのり、赤い口紅がついていた。

俺より本数がひとつだけ少なくて

俺のタバコの箱の中は3本だけになっている。


「…ホテルいこ。」


俺の言葉に冴島は
歯を見せて笑って頷いた。


ピカピカしたパネルをクリックして
冴島はハイヒールを脱いで、ベッドに倒れ込んだ。

俺はそれに合わせて冴島の上に跨る。


深くキスをすると
さっきまで吸っていたタバコの香りが口に広がった。


冴島の着ていた薄いニットを雑に剥がすと
冴島もカチャカチャと俺のベルトを乱暴に外す。


ドロドロに酔っ払った俺たちは

そのまま倒れ込むように交わった。


「私が上になっても良い?」


若いって怖い。

どんなに酔っ払ってても体は機能するし、

どんなに酔っ払ってても腰は動くし、


こういうの若さのせいにするのが怖い。


「いいよ。」


俺の上に跨る冴島を下から眺める。

頭は冷静じゃなくなって、
せっかく上にいる冴島を結局押し倒して、


欲望は身勝手で、

傲慢で、醜くて、熱い。


「…ねえ、いずみ。」


俺は本当に稚拙で、幼くて、
わがままで、無知だ。


「一緒にいこ。」


耳元にかかった息とその言葉は

俺の脳に響いて揺らして、


俺の汗が冴島の鎖骨に落ちた。


「…タバコあと3本残ってたよね?」

寝転がる俺に冴島はそう聞く。

俺が一本くわえて火をつけると
冴島も一本くわえて

俺の火に寄せて、息を吸った。


「…ださっ!昭和じゃねーんだから」

「良いじゃん、たまには。」


冴島は汗ばんだ髪をかきあげて、

俺の唇にもう一度、キスをした。


「私、タバコこれで最後にするね」


冴島の赤いネイルが器用にタバコを揺らす。

冴島の唇はまだ赤くて
奥の風呂場が安っぽく、ピンクに光っている。


「つーかお前、そもそも自分で買わねーじゃん。
一番ダセェ吸い方してるぞ。」


冴島は膝を抱えながらタバコを吸う。

少し遠くに置いた灰皿に丁寧に灰を落とすと

タバコを口に咥えて、俺の髪と頬を撫でた。


「ごめんね、いずみ。」


俺は訳もわからず、
ただひたすらに、そう笑った冴島が
寂しそうで愛しくて

タバコを取り上げて、押し倒した。


分け合う火種に煙が香る



**


俺の言葉に母親は頭を抱えた。
隣に冴島はいなかったが、

代わりに俺の手元には
母子手帳があった。


「…由香ちゃんは?何してるの?」

「仕事行ってる。」

「お腹に赤ちゃんいるのに?!
あの子のそーゆー…。

そういうところが怖いのよ!」


叫んだ母親を隣に座る父親が宥めた。

6歳上の姉貴は母子手帳を確認すると大きくため息をつく。

2歳上の兄貴は苦笑して、下を向いた。


「…冴島の、どこが怖いの?」

「だからっ!こういう…。
こういう、大切なことを雑にするところとか、
いちいち型にはまってないところよ!

まるで自分は人より上って思ってるのが伝わってくるのよ!

淳士、あなた絶対騙されてるわ。
いいように利用されるのよ、あの子に。

だって、こんな…。…お父さんも何とか言ってよ!」

母親の肩を宥めるように抑える父親は
きっと本当はどっちでもいい。

俺は少しだけ間を置いて
息をついて、口を開いた。


間の置き方は冴島の真似だ。


「子どもは俺の責任だよ。俺が…、
俺がちゃんとしてなかったから。」

「…責任取るのか?」


兄貴の言葉に頷いて笑った。

本当は違うけど、でも、頷いた。


「責任っつーか。

そもそも俺、冴島と家族になりたいって
ずっと言ってるだろ」


俺はそう言って立ち上がり、

家のゴミ箱に、タバコを捨てて


それ以来、一本も吸ってない。



2021.08.25

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