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オクトーバー・サプライズ!  【10月9日付投資日報巻頭記事完全版】

オクトーバー・サプライズ(October Surprise)という、実に古くさい言葉が2020年に甦っている。


そもそもこの言葉は、1980年の選挙でのみ使われていた。当時の現職のジミー・カーター大統領(民主党)を陥れるため、共和党候補のドナルド・レーガンが党ぐるみで巡らせた陰謀で、イラン革命に伴う米大使館人質事件の解決をCIAが意図的に遅らせ、レーガン大統領就任後に解放させようとする企み。事実、レーガン政権誕生後に人質は解放された。


その後、目立ったサプライズが大統領選挙直前の10月に常にあったとは言い難いが、強いて言えば、2016年10月28日にFBIのジェームズ・コミー長官が民主党候補ヒラリー・クリントンの国務長官時代の私用メール問題で新証拠を発見し、再捜査すると発表した事件あたりだろうか。それまで、クリントンは支持率で共和党候補のドナルド・トランプを12ポイント上回っていたが、発表後には一部世論調査でトランプが支持率でクリントンを逆転するなど劣勢に立たされた。


コミー長官が11月6日になって訴追はないと発表したものの、この時の選挙ではトランプが当選、クリントンは後に「FBIの捜査再開が大統領選敗北につながった」と述懐している。


そして言葉は甦った。2020年10月はまさに「オクトーバー・サプライズ」にふさわしいものだ。


まず、コロナ禍そのものをフェイクニュースのように扱っていたトランプ大統領自身が罹患した。更に、ホワイトハウスそのものがクラスター化したといってよい状態に陥っている。


一部の有力紙では、大統領の治療経過や治療に用いた薬とその副作用、更にはその治療法自体などから総合して、一時は生死の境を彷徨した可能性が高い―と指摘されている。

実際、非常に高価かつ強力な薬物の複数投与を考えると、大統領がかなり厳しい状況であったのは間違いないのではないか。


それでも驚くべき点は、退院許可が下りたとも思えず、また完治したともいえない状態―更に言えば、当然ウィルス陽性のままの状態―で車に乗って手を振り、病院を去ったという点にある。岩盤のような彼の支持層の心には「強いトランプ大統領が帰ってきた!」という感じに刺さったのかも知れないだろう。しかし、冷静に考えてみると無謀としか言いようがない。


それでも、株式市場は歓迎した。何故なら大統領が公務に復帰するという事は、遅れに遅れていた追加景気対策の早期合意が望める―と考えたからだ。
市場参加者は追加景気対策の実施とスムーズな政権交代―今や米国の市場参加者はどちらが勝っても株高シナリオを維持している―更にセクター間の銘柄見直し等で11月以降大きく儲けることが出来る、とみていたのだ。


ところが、大統領は選挙が終わるまで追加景気対策案の協議停止を指示。それでは景気に対する見通しは不透明になってしまう。更に大統領選挙そのものが単純に決着するとは思われていない事も問題を複雑にしている。


現時点での世論調査を見る限り、今回の選挙でトランプが敗北する可能性が高いのだが、その場合、彼は郵便投票に関する疑義を唱えて政権交代に反旗を翻す可能性が高い、とされている。また、バイデン候補が明確な地滑り的勝利を収めない限り、現大統領はあらゆる曖昧さに乗じて法律やその権限を行使して勝利を主張し、退任を拒否するというのではないか―という予測も根強い。つまりトランプ大統領は、恋々と権力にしがみつこうとして、法的および超法規的手段で選挙結果について争う―というのだ。


仮にこのような事態になると、政権交代も行われず、政治的空白がいたずらに長引く、という最悪の結果になりかねない。トランプ大統領による「景気対策に関する協議を停止する」という言葉は、単純に景気対策が遅れる事だけを意味するのでは無い、それはもっと重要な政治的空白と混乱が米国に示現する事を意味している。


そう考えると、市場参加者には亡霊のようなFRB議長の呪文が脳裏を付き纏うことになる。パウエル議長は全米エコノミスト協会の会合でこう述べていた。即ち「支援があまりに少なければ景気回復は弱くなり、家計と企業を不必要に苦しめる事になる」と。更に「それに対し、支援が行き過ぎる事のリスクは、現段階ではより小さいと思える。政策対応が結局のところ必要以上に大きい事が後に分かったとしても、無駄にはならない」とも。パウエル議長は支援用に大きな財政出動が不可欠、と指摘している。


しかし残念ながら、支援は遅く、出動はいつになるのかわからなくなってしまっている。

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