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読書記録『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 上』

前回読んだ『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』の解説で、次に読む本として『ファスト&スロー』が薦められていた。ということで文庫本2冊に分かれているこの本を読んだ。

人間の思考を、直感的思考のシステム1と熟慮熟考のシステム2に分け、いかにシステム1が素早く、だが時に勘違いや置き換えによるミスを犯すのかを様々な事例をもとに紹介していく。

・ありふれた身体的な動作が私たちの思考に強く影響する
→論説番組を首を縦に振りながら聞くか、横に振りながら聞くかで賛否に違いが出る。

「自分がどんな気分のときも、つねにやさしく親切にしなさい」という忠告は、まことに当を得ていると言えるだろう。やさしく親切に行動することで、あなたは実際にやさしく親切な気持ちになる――これはとても好ましいご褒美である。

ダニエル・カーネマン著・村井章子訳『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 上』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2014年)、101頁

・WYSIATI…「自分の見たものがすべて(what you see is all there is)」。私たちは少ない情報で自信満々に判断する。

ストーリーの出来で重要なのは情報の整合性であって、完全性ではない。むしろ手元に少ししか情報がないときのほうが、うまいことすべての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。

前掲書、159頁

この指摘に限らないが、身に覚えがあり、耳が痛い。社会は複雑であり、そう簡単には判断できないことが多いが、どうしても私たちは結果をある一つの原因に求めてしまいがちだ。NHKのドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」では、社会が複雑で、単純じゃないというメッセージが繰り返し発せられていた。

・少数の法則…標本が小さいときは極端なケースがより標本が大きいときより多く起きるということ。それを私たちは何か別の原因があるのではと勘違いしてしまう。

 私たちが最初に取り上げたのは、腎臓ガンの出現率が郡によってばらつきがあり、そのばらつきに法則性があるという、原因を知りたくなる問題だった。しかしさきほど私が示した説明は統計的なもので、要するに極端なケース(きわめて高い確率および低い確率)は大きい標本より小さい標本に多くみられる、ということにすぎない。この説明は、原因を示すものではない。ある郡の人口が少ないとしても、だからガンになりやすいとか、なりにくいということはない。単に、ガンの出現率が人口の多い郡よりはるかに高くなるというだけである。

前掲書、196頁

・アンカリング効果…これは『予想どおりに不合理』でも述べられていた。ある判断をする前に示された数字に、私たちは無意識に影響を受けるというものだ。

たとえば「ガンジーは亡くなったとき114歳以上だったか」と質問されたら、「ガンジーはなくなったとき35歳以上だったか」と訊かれたときよりも、あなたははるかに高い年齢を答えることになるだろう。

前掲書、213頁

このアンカリングは様々な取り引きで活用されており、概ね提示する側が有利になる。ではどうすればよいのか。以下のように述べられているが、なかなか実践するのは難しそうだ。

……効果的なのは、大げさに文句を言い、憤然と席を立つか、そうする素振りをすることだ。そうやって、そんな数字をもとにして交渉を続ける気はさらさらないことを、自分にも相手にもはっきりと示す。
 ……相手が受け入れそうな最低値はいくらぐらいかを考えるとか、交渉決裂となった場合に相手が被る損失を計算するといったことに集中すれば、アンカリング効果は薄れるか、消えるはずである。

前掲書、226頁

・回帰…成功したからといって褒めると調子に乗って失敗する、むしろ失敗したときに叱ることで今度は成功する。これは本当か、実際は平均値に回帰しただけなのかもしれない。

 回帰という概念が理解しがたいのは、システム1とシステム2の両方に原因がある。統計学を専門的に学んでいない人は言うまでもなく、ある程度学んだ人の相当数にとってさえ、相関と回帰の関係はどうにもわかりにくい。システム2がこれを理解困難と感じるのは、のべつ因果関係で解釈したがるシステム1の習性のせいでもある。次の文章を読んでほしい。
 
 鬱状態に陥った子供たちの治療にエネルギー飲料を用いたところ、三か月で症状が劇的に改善した。

 私はこの文章を新聞の見出しからこしらえたのだが、これは事実である。うつ状態の子供たちの治療として長期にわたってエネルギー飲料を与えたら、臨床的に見て症状は顕著な改善を示すだろう。しかしまた、子供たちが毎日逆立ちをしても、毎日20分猫を抱っこしても、やはり症状は改善するはずだ。こうしたニュースを知った読者は、エネルギー飲料や猫とのふれあいが功を奏したのだ、と自動的に推論するだろうだがそのような推論はまったく正しくない。

前掲書、324頁

要するに、時間の経過とともに回復する集団の性質を見落としているのだ。本当にある行為に原因があるかは、プラセボを受ける集団との比較が必要となる。

回帰という現象は、見渡してみればそこかしこであるはずだ。だが、どうしても私たちは業績の改善やある人の功績を一つの原因に還元してしまう。その時、回帰という言葉を思い出せれば、もう少しはましな判断ができるのかもしれない。


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