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出版の世界から見た#cakesnotefesレポート(前半)

皆さん、こんばんは。

所属している会社が、noteのパブリシングパートナーとなったのを機に、その公式発表の場でもある#cakesnotefesに参加したので、レポートをします。

他の方も、多数のレポートをあげているので、今回は出版界側の人間からの視点で見たものを、皆さんと共有できればとおもいます。


私が所属している会社が、noteのパブリシングパートナーになりました。また、所属している作家の方とnoteを利用した展開をいろいろ考えているため、「これは先んじて学ばなくてはならない」と思い、参戦してきました。

コンテンツ盛りだくさんだったのですが、それらのセッションを通じてその中で下記のことを漠然と心の中に感じていました。いくつかポイントを挙げて解説します。

①マーケティングか、わが道をいくか

複数のコンテンツを通じて、noteには2つの型の書き手が存在していると思いました。

読者が誰であるかよりも、自分が言いたいことや考えたことを率直に出すタイプのひと。次に読者を明確に想定し、それに向けたカスタマイズをするひと。

前者は、悩みによりそい、書き続けること/スイスイさん、ゆうすけさん、サクちゃんさん に見受けられました。彼らは読者に対して、主に心理的な読み物を提供し、時には相談も受けます。

悩みによりそう系の方は、さぞや相手に合わせた投稿をしているのかなと思いきや、まったくそうではないそう。特に、ゆうすけさん、サクちゃんさんには「共感しない」「共感できない」という言葉が。

そこには、共感したところで相手にとっては、いい結果を及ぼさないことや、相手の人生に深く入り込まないと本当の共感はできない、という哲学がありました。

また、サクちゃんさんは、何かの肩書き(医者やカウンセラーなど)があって、こういった相談を受けているわけではないため、自分がそういった経験を乗り越えてきたという立ち位置から書いているとのこと。

こういうのって、とてもネット的だなと感じました。書籍だと、この手の分野について書けるのが許されるのは、肩書きのある人(特に臨床に携わる精神科医、カウンセラーなど)がほとんどで、自分が経験しているというだけでは、著者としてふさわしいとされません。

または、ネットでかなりの相談数を受けてきたなどの実績を付けないと、出版社は嫌がるケースは多いです。しかし、実際にはこうしたものが有料でも機能していて、人気を博しているのを見ると、読者としてはそこまで肩書きにはこだわっていないのが、現状なのでしょう。

「医者である」「権威がある」という「である」よりも、「自分の経験を語る」「自分の経験から、相談を受ける」という「する」ことが、評価を生み出す世界だなと感じました。

また、有益な情報であることよりも、人目を気にせず自分らしさを出したほうがいい、とゆうすけさん。なぜなら、有益な情報はどこにでも転がっているから。それらに比肩するものを、よほどの背景がある人ではないと提供するのは難しい。しかし自分の経験や人格から来たものは、誰にもかけない。そしてそこについて来てくれる人だけが読めばいい、と。

う~ん、なるほど。

これは、ひとをひきつける文章を書くには/はあちゅうさん、ゆうこすさんにも同じような指摘がありました。

どうせ、人間の言うことは最終的には似てくるのだと。真理というものは同じような形になってくる。また、有益な情報はネットにいくらでも転がっているので、そこにないようなもの=自分の経験、自分の存在にこそ価値があるとのことでした。

これって、有益な情報を目指してやってる出版の人たちにとっては、結構衝撃的なことだと思います。

有益な情報を提供して、お金を出してもらうか、漫画・小説のような創作を売るかのビジネスモデルが主流ですが、一人間という存在そのものをひとつのコンテンツとして世に出す、というのがちょっと違和感のある世界かもしれません。タレント本などはすでにそうですが、芸能人ではない人がそれをするというのが、まだなじみが無い世界です。

このわが道を行く人たちは、自分について来てくれるひとたちを読者としているタイプです。また、読者を意識すると、自分の言動に制限がかかってくるため、それを避けたいのだと思います。固定の強いファンをつけて、その中で強い結びつきをつけていくタイプでしょうか。

つぎに、マーケティングタイプについて。

コミュニティ運営の秘訣/最所あさみさん、チャーリーさん の最所さんはまさにそれに当たる人でした。自分の記事をより読んでもらうために、その業界に関わる有名な人にシェアしてもらえるようにカスタマイズしているとのこと。

ハッシュタグや、誰に狙った記事が明確にした上でやっているとのこと。コンテンツも、何か一言自分でも言いやすい内容にすると、バズるとか。

同じことをテーマに掲げたのが、誰を幸せにするデザイン?/ハヤカワ五味さん、こばかなさん です。

彼らも、多様性のある社会の中で誰をターゲットとするか、細分化して考えると言っていました。これは、デザインを生業にする彼らだからこその、志向性かもしれません。自分の書いた記事を誰がどう思ったのかまで、チェックすると言っていたのが、印象的でした。

この2つの分類は、書籍でいうところの文芸タイプ(己のいいたいことを書く、ファンになった人がついてくる)と、ビジネス書タイプ(ターゲットが欲しがる、有益であるものを提供する)に当てはまるのでしょうか。

前者は、固定ファンがつきやすく、ファンは大抵の活動を追ってくれる。後者は、前者よりも広いターゲティングである分、読者に有益なものを提供し続けないと、後作は追ってくれない、というところでしょうか。

②集中型構造から、相互的構造へ

これは、コミュニティ運営の秘訣/最所あさみさん、チャーリーさん・ひとをひきつける文章を書くには/はあちゅうさん、ゆうこすさん に顕著に見られた傾向です。

コンテンツを投稿する側と、その情報を受け取る人たちという従来の構造から、コンテンツを投稿する側が中心にはなりつつも、その情報を受け取る側の人たちも情報を発信し、水平的なつながりを作っている人たちです。

この形って、まったく出版界にはないんですよね。

今だにマスであり、情報を発信する側で、読者はありがたくそれを受け取る側だという、信念すら感じます。この形を壊して、コミュニティを運営し、本の執筆をされているチャーリーさんは新しいタイプの著者です。

これをうまくやったのが、「えんとつ町のプペル」ですね。著作自体に関わる人の数を増やす。そうすると、それに関わった人や周辺の人たちは必ずこの本を買います。宣伝も自発的にするでしょう。結果として、本は売りのばせることになります。もちろん、この本についてはネットでの騒動もあって爆発的な売り上げになりましたが、それだけではありません。そこまで計算していたわけではないと思いますが、新しい著作モデルでしょう。

なるべくクローズドな形で行うのが、これまでの出版の形でした。このような新しい試みがされるのは、非常に着目しています。

ではどうやって運営しているのか?

チャーリーさんは、数百名のチームメンバーを率いていますが、それぞれチームを作って、各リーダー、サブリーダーを置いているとのこと。彼はビジネスモデルの図解をしていますが、ご自分はほとんどタッチせず、メンバーに任せているそう。2週間に一度会議をし、その間に各チームで図解作業を進めるそうだ。

印象的だったのは、最初に説明会をし、価値観を共有していることでした。これらの作業に、基本的に金銭的報酬は発生しません。それでもやりたい、参加することに意義を見出してくれる人に、メンバーになってもらっているようでした。

また、定着してもらえるようにチームを作り、ワークフローを決め、成果物の質を高めるためにアウトプットを公開し、共有するといった仕組みづくりもされていました。

これは、サロンの運営を行っているはあちゅうさんも同様。

彼女の場合は、その分金銭的ではない報酬や関係性を与えているようです。
ワークフローについて、彼女の場合ももう少しメンバーに任せているかもしれません。

どのケースも、属せるコミュニティを与え、同じ価値観を所有している仲間ができるというのがポイントのようです。

このコミュニティというものについて、一方的に情報を与える側であった出版はどういった参入ができるでしょうか?ここについては、自分でも企画を考えており、いくつか実施したいと思っています。


さて、前半はここまで。続きは後半にてご紹介します。



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