昔の仲間 (2275文字)

 きっかけはコータローからの連絡だった。
「こんど同期を集めて宴会をするんだけどアンナも呼ぼうと思って」
 以前、私とコータローは同じところに勤めていた。私は既に転職していたが、コータローは同じ仕事を続けている。
 人に言えない職業というわけではないけれど、ここにその職業名を書くと先入観を持たれてしまう気がするので書かない。特殊な仕事だった。同期は家族のようであり、同じ罪を背負った仲間のように結びつきが強かった。彼らの下を離れて普通の仕事に就くことが裏切りであるかと思わせるほどに。
 誘ってくれたことは素直に嬉しかった。もう互いに話すこともないほど、考え方は変わってしまったと思っていたから。彼は私と話したいことがあるのかもしれない。
 しかし宴会の続報を聞いて私は少し落胆する。
「同期の全員を呼ぶから、辞めたやつの連絡先、知ってたら教えてくれない?」
 本気で言っているのか。それぞれ自分の仕事があるから全員を集めることはできない。それに顔を合わせたくない者も1人や2人はいるだろう。辞めた者はこういう強引さが嫌で辞めたのだ。
 私は知っていた連絡先をコータローに教えなかった。彼は賢くて人望のある人だった。彼の誘いでなければ適当な理由をつけて断っていただろう。
 何か理由があるに違いない。私はそう考えることにした。

 あえて、宴会の参加者に誰がいて誰がいないか訊かないまま、私は約束の待ち合わせ場所へ向かった。懐かしい顔ぶれがそろっていた。同期の全員には程遠い人数だった。ほとんどがコータローと親しい人物ばかりで、いつもの顔ぶれが集まった様子に見えた。
 彼らは仕事の話をした。昇任試験に合格したと言った。結婚を報告した。いい大学に入ったいい会社に入ったと話す者もいた。その場にいない人が今どうしているかの噂話もした。私は平凡に暮らしていることを伝えた。
 会場の隅の席で私は大人しくしていた。彼らは何も変わっていない。とても楽しそうに喋り続ける。酒を飲む。部外者には分からない専門用語を使う。何度も聞いたことのある昔話をする。まるで何かを競うように自慢をし合う。人の悪口を言う者はなかった。おそらく、二次会以降でそういった話は聞けるのだろう。
 わざわざ離れた場所から私の席まで来て話しかけてくる男がいた。退屈な話をした。いつもの顔ぶれには含まれていない男。私は席を離れ、コータローに話しかけた。
「今日は私を呼んでくれてありがとね。楽しかったよ」
「ホントに?」
「普段はこんなに騒がしいところに行かないもの」
「俺たちだけだよね。こんなの」
「そうでもないと思うよ。それに、これはこれでいいんじゃない?」
「へえ。アンナもお世辞が言えるようになったんだね」
 コータロー、君はなぜ同期の全員を集めようとしたのか。全員を呼ぶ、という口実でもなければ声をかけられない人に会いたかったのでしょ? 今日は来ていない、結婚する元カノにお祝いの言葉を贈りたかったの? それとも、誰かに会いたい誰かに頼まれたの?
 私に話すことはなかったみたいね。私もないもの。でもコータローのおかげで会いたい人に会えた人もいたみたいだよ。私にとって、どうでもいい人だったけれど。
 私は考えていることを話さなかった。誰も本当のことを話していない気がしたから。言葉にしたら大切なものが壊れてしまうと恐れ、誰もが意味や核心に背を向けていた。まるでそれがやさしさであるかのように。
 
 数日後、私はヒデアキという男と会った。彼もコータローの同期の1人で、私と同じ時期にあの組織を抜け出した。ヒデアキにも宴会の連絡は届いていたようだが、彼は参加していなかった。頭は切れるが、正直すぎる男。
 私は宴会で聞いた話をした。共通するかつての仲間が今は何をしているか。他愛のないことを話した。「どうしてコータローは同期の全員を集めようとしたんだろうね」とヒデアキは訊いた。コータローのすることにしては思慮がなく軽率であるという疑問は彼にもあったらしい。私はコータローの動機に関する推理を話す気になった。
 話を聞き終えて、ヒデアキは言った。
「ねえアンナ、少し言いにくいことなんだけどね、僕たちの考え方が間違っていたかもしれない。コータローはあの仕事を続けることによって、他の連中と同じように、何も考えない生き方をするようになっていてもおかしくない。ただ単に大勢を集めてバカ騒ぎをすることを目的としていたかもしれない。それにね、誰か特定の人物に会うために全員を集めたって発想はね、あくまでアンナの発想であって、コータローが同じように考えていたとは限らないんだ」
 さらに言いにくそうにするヒデアキに「続けて」と私は催促した。
「もちろんアンナの推理と同じように考えていた可能性もある。でもそれを確かめるのはアンナにとって不利益が多かった。コータローは結果として目的の人物を呼べた様子ではなかったから、図星を突かれてもはぐらかすと考えられた」
 ヒデアキは許可を求めるように目配せをした。私は頷いた。
「僕は同期の全員が集まるとは思わなかった。アンナも思わなかった。コータローも思わなかったんじゃないかな。コータローに同期の全員を呼ぶ理由があったかは分からない。アンナには理由が必要だった。理由がなければ、自分が呼ばれたことを納得できなかった。アンナはコータローに何らかの期待を抱いていた」
 ヒデアキの言葉に私は傷つかなかった。大切なものはとっくに壊れていたことを私は知っていた。
「そうよ。誰かを呼ぶ口実で私を呼ぶなんて許せなかったし、理由もなしに私を呼ぶなんて、もっと許せなかった」

投げ銭が貰えるとやる気が出ます。