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塔 月詠

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毎月15日ごろ、その月の結社誌「塔」に掲載された北虎あきらの詠草("月詠")を掲載します。結社誌というのは、一種の師弟関係にある短歌をやっているひとたちの集まり(=短歌結社)のな… もっと読む
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記事一覧

塔 月詠/2024.05

塔 月詠/2024.05

月と日の区別のうすい崩し字の付箋から迎える十九月

思い出と心残りが同じだけ積もる数年ぶりの雪夜に

降る雪に見えた雷これからのあなたを信じる私を信じたい

日陰には昨夜の名残 雪踏めば梨のひかりを還してくれる

死にかけの蛍光灯が思い出す清流に飛び交った前世を

ゆうかげを受けて耀う大川のようやくことばから遠ざかる

 気づけばもう2024年も折り返しが見え始めていて慄く。
 この塔月詠のnot

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塔 月詠/2024.01

塔 月詠/2024.01

五番線、これまでここで交わった出会いと別れのどちらが多い

テトリスとオセロばかりがうまくなる触れないように背を捩りつつ

ふたりでも程よいベッドに向き合って夜通しまばたきを聴いていた

風はつねに音から雨は匂いからきみを見つけるのは角度から

こぼれないように詰め替えボトルから移すのは一筋の光だ

smoothの鼻濁音教わりながらまたひとつ賢くなってしまう

いまどこを走っているかわからないから

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塔 月詠/2023.11

塔 月詠/2023.11

かごに傘挿して車輪を軋ませる雪の予報のあとのぬかるみ

ゆうかげも旧駅舎の骨格を抜けあなたの髪の向こうから来る

もう空のペットボトルを圧し潰す手応えと世に増える屈折

冬枯れの手指だったから絡ませるというより縋りあう肉売り場

外そうと眼鏡にかざす手のひらが覆う視界はいっときを死ぬ

ニュアンスをそろえてえらぶ絵文字その日暮れから僅かに後ろめたい

 鍵内七首、ありがとうございました。三か月ぶり

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塔 月詠/2023.10

塔 月詠/2023.10

まずバスのサスペンション、それからぼくの体・心が跳ねる隘路に

行く末の山の孤島の指先も見えない霧のホテル(停電)

不文律 場合によってはわたくしが犠牲者にもなりえたOVA

告解をゆるせずに聞く食卓に固形燃料ゆるく燃えおり

罪を軽く話したいのか上がる語尾、気づきつつ折る鮎の背骨を

言いづらいからとめどなく出ることば シャワーヘッドをシャワーに洗う

鏡に湯かけた一瞬にあらわれる顔へ沿わせて

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塔 月詠/2023.09

塔 月詠/2023.09

眼鏡屋にあるサングラス 気づいたら薄ら暗くなっていた日々

あかるさを話していちど閉じかけたドアを夕立ちの駅に出る

眼が雪に焼けることあり 見えすぎるゆえの頭痛を心配されて

深く長い呼吸のための猫背だろう枯木立その胸に抱えて

傷跡にもういちど針落とすたび音楽は再現されてゆく

そこにいる エピソードから遠ざかるほどにミモザは仄光りだす

文脈と背景 みんな目を閉じた信号 歩行者天国へいく

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塔 月詠/2023.08

塔 月詠/2023.08

屋上のいくらかの室外機たちゆるくまわっている春の月

ほとんど底のポップコーンに手を伸ばす 長い夢 まだ何かあるなら

した後悔がいちばんこわい 国道の中央分離帯には百合がゆれ

右耳の輪郭を撫でながら立つぼくはぼく自身の虚のふち

アレクサに話しかければ昨夜との差を告げられる ひとり減った

ごみ箱を開ければ饐えたチーズ、肉、あなたは歌にしかならないが

 今月の「塔」から六首。鍵の外、ありがと

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塔 月詠/2023.06

塔 月詠/2023.06

部屋にひとり思い出すとき夕やみのところどころを灯る白梅

全員をぼんやり好きだ 取り壊し現場も日曜日には休んで

Aのキートップが外れぼくの言海を喃語はただよっている

靴下の神経衰弱 花冷えをあなたと歩いたはずだったけど

おみくじの端に火をつけ薄曇る冬のおわりにすべてよくなる

 今月の塔に掲載された5首。
 どんな歌出したっけ? と全然覚えていない月で、なんとか投函前の詠草紙を撮ったらしき写

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塔 月詠/2023.05

塔 月詠/2023.05



鈍色の犬になっていた冬のモノポリーでは周回遅れに

友人を夫婦に変える証人の任意の朱肉 少し擦れた

新宿のエジンバラでも珈琲が飲める こちらは二十四時間

ひと駅を歩いたあとはその分を乗って帰った散歩の寒梅

ポケットの深くを順に探りつつ私の鍵が落とされていく

信号のむこうの白い交番と視線の繋がったまま向かった

行先のほかは委ねるタクシーの仄明かり ほんとうに正しい

 今月の塔に掲載さ

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塔 月詠/2023.04

塔 月詠/2023.04

待ち合わすたびに真っ直ぐ歩き来る ぼくはあの冬に間違えて

すれ違うひとの多くが祇園から八坂へ向かう角を左へ

対岸の高い凧あげ 励ましがある 視界には途切れていても

参道の復路には無くなっていた露天商いちおしの百合根も

東京へ送った荷物を東京で受け取っている すべては時差のなか

買わなかったお守りも思い出になるかなあ、川面を光が撫でる

ひさびさの月詠。6首掲載でした。ありがとうございまし

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塔 月詠/2021.8

塔 月詠/2021.8

針先は真円 冬の曲がり角まがった先にするどい月光
あくびする猫みていたら再生のおわりに舌を仕舞い忘れる
春ですよ、窓から先の空だけが恋人だった眦の色
さみしさとさびしさの差を降る時雨 もうしばらく映画を観ていない
教わったゆうだちのあと裏口で虹のふもとは無いことを知ったよ

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 今月も五首。ありがとうございました。前月までに比べると、妥当と思う。推敲しなおして別の場所に出す。すごくおおきな

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塔 月詠/2021.7

塔 月詠/2021.7

車内ごと光らせてくる揺らめきに川に差し掛かったと分かった

みな窓の先に目をやる高架橋 次はさくらの咲く中目黒

奥行を思い出す 本棚を置くまえの間取りに目をひらくとき

春嵐あとのさくらとその先の都市の臓物みたいなネオン

たんぽぽを蹴散らしていたあの日々の先があなたの頬の産毛だ

――――――

 今月も5首の掲載。4月に送った詠草からの選。

 今月はもう10首載るやろ~の気持ちだったので、

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塔 月詠/2021.6

塔 月詠/2021.6

噛み殺すことはもうないあかときの欠伸の奥に心臓がある

きみは知らないだろうけど寝室の冷蔵庫は鼾をかきやがるぞ

何度でもつくってほしいから名前なんだっけって呼ぶその煮込み

人間と話すの好きじゃないのかな、と評価を受ける 26マス戻る

春雷を見たという花のつぶやき 紫に走ったらしい、恋が

――――――

 今月の掲載は五首。
 3月半ばに送った詠草十首が選を受けて、掲載された。

 しかし実

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塔 月詠/2021.4

塔 月詠/2021.4

生きているだけで濁ると言われおり点眼液をわたしに落とす

まだ人生がずっとさびしい枕元の充電器からはしずかにノイズ

暴力にかわることばをこの世には いますこしずつ削られる河岸

スクリーン投影される収穫の様子を揺らすつよいエアコン

   *

歌があって、否うたがっている晩冬 Babel(バベル)とはbalel(混乱)の諺

――――――
 短歌を"やる"という表現が、短歌を"やっている"ひと

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