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日曜紀行:条丁目の最大値はどこか?等


条丁目の最大値はどこ?

まずはJR学園都市線の太平駅へ。
私は学園都市線の駅にはだいたい行ったことがあるのだが、太平駅はまだ未訪問であるから、せっかくなので行くことにした。

北51条ニレ公園

太平駅前にある北51条ニレ公園。
北51条というのは、札幌市内の「条丁目」(北○条~)の最大値で、ちなみに南は南39条が最大値となっている。

北海道の地名にはいたるところに「○条○丁目」が出てくるが、札幌市の中央区や北区、東区、南区では北/南○条東/西△丁目と表記される地域が多い。
このような住所表記のことを「条丁目」と呼ぶが、この良いところは、数字を見ただけでだいたいどの辺の地域に当たるかが推測しやすいことである。

札幌の地下鉄には「北12条」や「北18条」のように、条丁目がそのまま駅名になっている例もあるが、他の駅で言えば札幌駅は北6条、大通駅は北1条と南1条の間、すすきの駅は南4条などと覚えておけば、住所を見るだけでだいたいどの駅が近くにあるかを推測できるので、これは意外と便利だと思う。

JR学園都市線:太平駅

太平駅は非常に簡素な作りになっていて、駅員もいない。
札幌市内では、この駅の他にも同じく北区にある百合が原駅や、手稲区の稲穂駅などいくつか無人駅がある。

歩きやすい遊歩道:屯田緑道

屯田緑道(屯田みずほ通り)

その後は、ブックオフのある屯田へと向かう。
以前ブックオフ屯田店へ行った際は、東15丁目・屯田通を通って行ったが、今回はこのような遊歩道を通ることになった。

屯田緑道」と呼ばれる道で、歩行者・自転車専用道となっている。
春の清々しい日の光を浴びながら、こういった遊歩道を歩くだけで、かなり気分が良くなる。

屯田みずほ東公園

遊歩道の近くには、屯田みずほ東公園と呼ばれる公園もある。
日曜日であったためか、子供たちが公園のゴミ拾いをやっていた。

屯田緑道はこのように頻繁に道路と交差するが、交通量の多い道路の場合は押しボタン式信号が設けられている。

札幌市内の住宅地では、歩行者や自転車が押しボタン式信号を押さず、赤信号のまま渡ってしまうことがよくあるが、この道路は車が頻繁に行き交っていたので、流石にそういうことをする人はいなかった。

ブックオフプラス札幌屯田店

ブックオフ屯田店に到着。
ここに来るのは1か月半ぶりだろうか。
さっそく店内を浅く広く見てみると、岩波文庫については220円の本が多く、110円で買える本はあまりなかった。

学習参考書コーナーを見てみたら、山川出版社の日本史と世界史の用語集が220円で販売されていた。
私が高校時代使っていたものよりも、サイズが大きかった気がしたのだが、最近変わったのだろうか?

今回は100円引きクーポンが使えたので、税込220円の本を2冊購入、支払金額は340円であった。

中央バス:下水道科学館前

それからは屯田小学校前からバスに乗り、「下水道科学館前」で下車。
下水道科学館は入館料が無料らしいが、今回はパスしてバス停近くにある「松屋」で昼飯を食べる。

駅前から道路沿いに移転してしまった松屋

この松屋の座席配置は個人のプライバシーが守られていて、しかも食券でメニューを選べ、かつリーズナブルで味も美味いという、非の打ち所がないお店である。

昨年までは、地下鉄麻生駅前にも「松屋」があったのだが、残念ながら道路沿いの新琴似6条に移転してしまった。
駅前から幹線道路沿いに移転とは、車社会の厳しさよ。
路線バスが減便に減便を重ねる現代、たとえ1日1本となろうと、私は決して車を持とうとは思わない。

それはもはや、「公共交通を信じていれば幸せになる」「車を持つのは邪教」という宗教、あるいはイデオロギーの域に入りつつあるが、事実私は公共交通維持を第一の優先事項とする政治団体の創設をする気がないというわけでもない。
もし私が何らかの形で政治に参画することがあれば、その際は間違いなく「公共交通を断固として維持する」政策を前面に出すことであろう。

数秒間待つことすらできない人について

北44条→麻生町

昼飯を食べた後は麻生駅方面に行き、新琴似図書館で「消滅した国々」という分厚い本を借りてから、駅へと向かった。

北44条から麻生町へ行くために、道幅の広い創成側通を渡る必要が出てくるが、私の前にいた自転車乗りのおばさんが、押しボタンも押さずに赤信号のまま横断歩道を渡って行ってしまった。

そのおばさんは押しボタンを一瞥してから、面倒くさそうに自転車に座り直して横断歩道へと向かって行っていたから、おそらくわざわざボタンを押すのが怠かったのだろう。

それもそのはず、ここの押しボタン式信号はボタンを「ぐいっ」と1~2秒押さなくては反応しないタイプで、札幌市内に多い触れただけで反応するタイプとは違うのである。

とはいえ、1度ボタンを押してしまえばすぐに青信号になると言うのに、そんな時間も惜しむとは、このおばさんは自分の命の価値というものを見誤っているのではなかろうか。
札幌には今回のおばさんだけでなく、数秒間という極めて短い時間すら待つことのできない人が結構いる。
犬ですら「待て」をすることができるというのに、一部の市民はそれすらできないとは、これは大いに嘆かわしいことではないだろうか。

騒音バイカーのメンタリティを考察する

本日は北区屯田、麻生あたりを見てきたわけだが、今回は煩いバイクがやけに多かった。
私は兼ねてから彼ら騒音バイカーに対して抱いている疑問があって、それは「なぜ、彼らは敢えて騒音を巻き散らすのか?」「彼らはバイクの運転ができない冬の間、どうやって過ごしているのか?」の2点である。

彼らが騒音を巻き散らす理由を考えてみると、それはインターネットにおける「荒らし」と似たようなものではないかという結論が浮かんだ。
かつてのインターネットでは、「荒らしを構う奴も荒らし」という暗黙知があり、荒らしは相手をされると喜ぶから、とにかく無視するのが荒し撲滅に効果的だと言われていた。

これは彼ら騒音バイカーにとっても同じことだと思っていて、つまり彼らは街の人々が「あのバイクうるせえ!」と反応することそのものに、何らかの悦びや快楽を抱いているのではないかと思う。
(反応されることというよりも、「反応される自分」を想像して快楽を得ていると考えているとする方が適切だろうか。暴走族など、集団でバイクを乗り回す輩の場合はまた別の議論が必要になる。)

昨日もすすきのに行った際、とんでもない轟音を立てながら交差点を走るバイクがいて、その時「ココノススキノ」の屋外広場に居た子どもが、何事が起ったのかというような顔つきでそのバイクの行方を見つめていたのが妙に印象に残っていた。
なので、私はいくら煩いバイクが横切ろうと、彼らに一瞥すらせず、まるでそんな存在がいなかったかのように振る舞うことが必要だと考える。
誰にも認知されることがなくなれば、自分のやっていることの惨めさ、そして何よりもそれが極めて反社会的なことであるのに気づき、更生?していくのではなかろうか。

さて、2つ目の疑問「騒音バイカーは冬の間何をしているか」に関しては、私のような門外漢の人間にとって非常に難しい話であることは間違いない。
おそらく、彼らはバイクだけを所有しているか、或いはバイクの他に自動車を所有しているのかのどちらかであって、自動車を持っている場合は、車を乗り回す日々を送っていることと思われる。

しかしながら、夏季のバイクと比べ、冬季の騒音車の数はそれほど多くはないため、騒音バイカーが所有する自家用車は特別な(騒音を巻き散らすことに特化した)改造を施されておらず、普通の車に乗っている可能性が高いことが推測される。

ではなぜ、騒音バイカーが自身の所有する車については、特殊な改造を施さないのかについて考えると、車検が通らなくなる、費用がかかるなどの現実的な理由が考えられる。

また、バイクだけを所有しているバイカーの場合は、とにかく春が来ることをひたすら祈念し続け、バイクのメンテナンス(と言う名の、騒音を巻き散らすための設備の点検、維持)に勤しんでいるのではないだろうか。

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